銃士隊最悪の三日間〜ポン・ヌフを封鎖せよ!〜

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  ダルタニャンの潜入作戦  



ロワイヤル広場界隈には、新しく建造されたばかりの貴族の邸宅が立ち並んでいた。
庶民たちが闊歩するサンタントワーヌ通りから角をひとつ入ると、急に人通りが減り、
紋章入りの馬車が道の周りに並んでいた。
「ねえ、アラミス。一体どこまで行くんだ?」
ダルタニャンはあたりをきょろきょろと見回しながら言った。
「いいから。一緒に来るんだ」アラミスは手短に答える。
そのとき、道の向こうから花売り娘が駆け寄ってきた。
「ちょっと、ちょっと。銃士のおにいさん!」
「やあ、君。いいところで会った」アラミスも手を振る。
「花買ってくれるって約束したでしょ。で、今日はどれにする?赤いバラ、ピンクのバラ、それとも白?」
「今はちょうど赤が欲しいんだ」アラミスは銅貨を渡した。
「いつもありがと」
花売り娘は満足げと笑うと、道の向う側に駆けて行って手を振った。
「この前はピンクだったわよねー!」
アラミスもつられて手を振った。
「知り合い?」ダルタニャンは尋ねる。
アラミスはそれには答えずダルタニャンに買ったばかりの花束を押し込んだ。
「これを、これから会う人に渡すんだ」

二人は、鋲が打ち込まれた大きな木製の扉のある邸宅の前にやってきた。
アラミスは鷲の形をしたノッカーを叩いた。
「ヴィルトヴィル侯爵夫人はおいでですか?」
取り次ぎの従僕が姿を消してしばらくすると、奥から巨大な人物の影が近づき、
幅がポルトスの二倍あるかと思われるような、樽のような体躯の貴婦人が姿を現わした。
金の縁取りのある赤と黒の衣装を着て、化粧は濃く目の周りを黒く縁取っていた。
「あら、アラミス。久しぶり」
侯爵夫人は隣のダルタニャンに気付くと、なめまわすように上から下までじろじろ眺めた。
「んまっ。好みね」
「舞踏会のお供を探していると聞きました」
アラミスが横から口を挟む。
「あなたのお友達?いい子連れてきてくれたわね!」
アラミスがダルタニャンを小突いた。「挨拶は?ダルタニャン」
「はじめまして。マダム」ダルタニャンは棒読みのまま、花束を差し出した。
侯爵夫人は赤いバラの花束を受け取ると、ふと目つきが遠くなった。
「思い出すわ……。あの子のことを」
そして急に視線を上げるとダルタニャンの顎をむんずと掴んだ。
「ちょっと垢抜けないけど。磨けば光るわ!……ぼうや」
「ひぃ…」
アラミスはすかさず、ダルタニャンの背を押した。
「じゃ。後はよろしくお願いします」
「アラミス、帰るのか。一緒に来てくれるんじゃなかったのか?!」
歩き出したアラミスの背に向かって、ダルタニャンは助けを求めた。
「僕は二日間も家に帰ってないんだ。風呂に入りたい」
アラミスは振りかえりもせずに歩き続ける。
「ダルタニャン!」アラミスは突然振り返って叫んだ。
「へっ?」
「ドレスの裾、踏んでる」
「うわっ」ダルタニャンは慌てて侯爵夫人のドレスの裾から飛びのいた。
「さあ、来るのよっ」
侯爵夫人はダルタニャンの襟首をつかまえてひっぱっていった。

「駄目よ駄目。地味すぎる。もっと派手にしてくれなきゃ、私に釣り合わないわ!」
侯爵夫人の化粧部屋では、数人の侍女たちにダルタニャンは取り押さえられていた。
「鬘と大きなリボン持ってきて。ああ、そうそう日に焼け過ぎているから、おしろいもね」
「け、結構です…」ダルタニャンは抵抗した。
「男にも化粧が必要よ。上流社会の身だしなみよ」
「ぼ、僕にはコンスタンスが……」
「あーら、恋人?かわいいわねぇ。だったら、彼女に一目おかれるわよ。紳士のたしなみを覚えて帰りたくない?」
侯爵婦人はドスの効いた声でダルタニャンの胸ぐらを掴んだ。
「仕立ててやるわっ。私好みの男に」

フォッソワイヨール通りのボナシュー宅。
「いいか、コピー。ダルタニャンを偵察してくるんだ」
ジャンは腕に乗せたコピーを放した。
「テイサツ、テイサツ、ダルタニャン」
「今日こそダルタニャンがどこに行ってるかつきとめてやる!」
コピーは、弧を描きながらジャンの頭上をバタバタと羽ばたくと、
夕日の方角に飛んでいった。

日が落ちたリュクサンブール庭園では、木々の間に赤い松明の炎が揺れ、
城館から暖かな光が漏れていた。
じゃり道を踏みしめる沢山の足音が聞こえ、着飾った貴族の男たちや貴婦人たちが集まりつつあった。
コピーは、庭園のニンフの彫刻のひとつにとまった。

「あーらごきげんよう。ヴィルトヴィル侯爵夫人。今日のお供はどこの青年?」
植え込みの向こうから、年増の貴婦人の一群がにぎやかに近づいてきた
「かわいいわ。まだ子供じゃない」
ダルタニャンは貴婦人たちに取り囲まれた。
「どこで見つけたの?」
「田舎っぽいところが、すれてなくていいわ」
「ね、ぼうや、大人の女の世界に興味ある?」
「そうそう。夜は長いわ。お楽しみはこれから」
「おねえさんたちと遊びましょ」
「け、結構です…」ダルタニャンは思わず後ずさった。
「みんなちょっと待って。この子は任務があるのよ」
侯爵夫人がその間に入ると、貴婦人たちは興味しんしんで身を乗り出した。
「任務?」
「砒素の売人を探しているんです。皆さん何か知りませんか?」
ダルタニャンは真面目な顔をして尋ねた。
「砒素ねえ。ブランヴィリエの奥様が、若いつばめができて、なかなか死なない病気の夫に一服盛ったという話は聞いたことがあるわ」
「そうそう。秘密の集会が地下室で行われているとか」
「あれは賭博の会だと言われたわ」
「オルレアン公の給仕に言えば、案内してくれるって」
「ほっほっほ。私たち上流社会の裏話、ぜーんぶ知ってるから。何でも聞いて」
侯爵夫人は得意そうにダルタニャンの顔を見た。
「それじゃあ、ひとつ聞いてもいいですか」
ダルタニャンはおずおずと口を開いた。
「アラミスとは一体どういうつながりで……?」

トレヴィル殿の館の銃士隊控室では。
「これで全部だ」
アトスは、砒素の瓶の詰まった木箱を床に降ろした。
「セザールの家から押収した砒素の瓶だ」
ポルトスは横で骨付き肉にかぶりつきながら言った。
「しかし、バスコムやセザールたちはどうしてオルレアン公の舞踏会に出入りできたんだろ?
俺だってなかなか招待状をもらえないのに」
「毒薬の買い手の中に協力する人がいるんだろう。しかしポルトス。これだけの砒素の瓶を前にしてよく食欲がわくな」
「腹減ってんだよ。それじゃあ、売る方よりその買い手の方が悪いよ。だって、人を殺そうとしてるんだろ」
「そういえば……」アトスは腕を組んでつぶやいた。
「オルレアン公ガストンはリシュリューと犬猿の仲だったな」
アトスは急に立ち上がった。
「ポルトス、行こう。ダルタニャンが危ない」
そのとき、アラミスが部屋に入ってきた。
「アトス、ポルトス。後は頼んだ。僕はこれで帰る」
アトスは手袋をはめ、帽子をかぶった。
「僕たちもリュクサンブールに行くことにした」

再びフォッソワイユール通りのボナシュー宅では。
「コンスタンスお嬢さんのハンカチ、洗濯ができなかったんですよ。昨日洗濯船がどこかに行ってしまって」
マルトが廊下の向こうから顔を出した。
そのとき、戸口に息せき切って駆けてきた人影があらわれた。
「コンスタンス殿はこちらにおられますか」
「はい。ここですが」
コンスタンスが振り向くと、そこにブルゴーニュ座の座長が立っていた。
「ナナ・ベルナールが手紙をよこしてきたんだ」
座長は興奮気味に口を開いた。
「今ポールロワイヤルの修道院にいるそうだ。そこで、実は頼みがあるんだが、会って様子を見て来て欲しいんだ。修道院だから男のわしは行けないし……」
「無事だったんですね。すぐに行きます」
コンスタンスは座長に駆け寄った。
「一座のみんなが心配して待っているって、ナナに伝えて欲しいんだ」
座長は手紙を渡した。

ダルタニャンは、城館の地下の細い廊下の中を歩いていた。
「部屋はつきあたりにあります」
オルレアン公のお仕着せを着た給仕が目配せをした
薄暗い地下の部屋には、中央にまるいテーブルがひとつあり、カード遊びをする人々がその廻りを囲んでいた。
テーブルには、カードとさいころ、金貨の他に、小さな白い粉の入った瓶が無造作に置かれていた。
給仕はその中のひとりの男にひそひそと耳打ちした。
男はダルタニャンに気付くとゆっくりと近寄ってきた。
バスコムであった。
「ムッシュー。何かお求めのものがあるとか?」
バスコムは、着飾って化粧をした相手の正体に気付かないまま、声を落として尋ねた。
「ああ。例のものを大量に欲しい。君たちの首領に会わせてくれ」
「誰を殺るつもりなんだ?」
「さる重要人物だ」
「リシュリューか?」
「そうだと言ったら?」ダルタニャンは挑発的に返した。
そのとき、カードを持っていた人々の手が一斉に止まった。
「そいつは面白い。本気か?」
人々はじりじりとダルタニャンを取り囲んだ。
「まず、首領に会わせるんだな」
ダルタニャンは腰の剣に手をかけた。


<続く>



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