銃士隊最悪の三日間〜ポン・ヌフを封鎖せよ!〜

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  女優ナナの告白  



地下室は異様なほどの熱気に包まれていた。
男たちに取り囲まれながら、ダルタニャンはじりじり後ずさりした。
そのとき給仕がすばやくドアの鍵を閉めた。
「ふふ……これで逃げられんだろう」
憎々しげにバスコムはつぶやいた。
「そうか。オルレアン公の召使まで仲間だったのか」
ダルタニャンは剣を抜いた。

そのとき、バリバリと木が破れる音がしてドアが上から外れ、
巨体が頭から勢いよく倒れこんできた。
「ポルトス!」
ダルタニャンは叫んだ。
「ダルタニャン、間にあったか!」
体当たりでドアを壊したポルトスは立ち上がった。
縄で縛った別の給仕をひきたてながら、アトスとアラミスも姿を現した。
「遅くなってすまない。この場所を吐かせるのに時間がかかった」
「ここを王弟殿下の住まいと知っての狼藉か!」
給仕は脅し文句を口にした。
「砒素の取引現場は取り押さえられている。殿下に迷惑をかけたくなかったらおとなしくするんだな」
アトスはテーブルの上に無造作に転がっている瓶を一瞥しながら、よく通る声で部屋じゅうに告げた。
四人は背中合わせになって一斉に剣を抜いた。
丁々発止がはじまった。

そのとき、給仕が天井から垂れ下がった紐を引くと、後ろの壁が消え大きな階段が現れた。
男たちは一目散にその階段を駆け上がった。
「待て!」
暗い階段の先には、にぎやかな声とまぶしいばかりの明かりが漏れてきて、男たちは、するすると横に開いた肖像画の裏から、大広間に飛び込んだ。
「うわー!何だ君たちは!?」
ヴィオラの音が止まった。
舞踏会のまっただなか、人ごみをかき分けるように闖入した異様な集団に、人々は騒然となった。
ダルタニャンと三銃士も続いて大広間に飛び込む。
「きゃー!」
「い、いったい何が起こったんです!?」
金切声をあげながら、貴婦人たちは怯え逃げ惑った。
「皆さん、外に出てください!」
アトスは叫ぶと、短銃の引き金をひいた。
天井のシャンデリアが落下し男たちの行く手を阻んだ。
ポルトスは、壁際に並んだテーブルのクロスを引き抜き、
逃げる売人たちに投げつけた。
「アラミス、風呂はいいのか?」
ダルタニャンはテーブルの間を縫うようにして男たちを追った。
「そんなことはどうでもいい!今は奴らを捕える方が先だ」
アラミスが短剣を投げると、窓のカーテン留めからカーテンが落下する。
庭に脱出しようとした売人たちはカーテンに足をとられた。
「さあ、バスコム。観念しろ!」
ダルタニャンはバスコムに追いつくと剣をつきつけた。
「これでもくらえ!!」
バスコムは手元にあったパイを皿ごとダルタニャンに投げつけた。
ダルタニャンがひょいとよけると、パイはそのまま空中で弧をえがきながら、
異変を聞きつけ今まさに大広間に入ってきたオルレアン公の顔にべちゃりと当たった。
「う……む」
オルレアン公は唸りながらクリームたっぷりのパイを引き剥がした。

パリ近郊、ポールロワイヤルの修道院では、午後のお務めの時間が終わり、鐘楼から鐘の音が鳴り響いていた。
コンスタンスは、小さな礼拝堂の中に入ると、祭壇の聖母マリアの像にゆっくりと近づいていった。
すると、窓から斜めに差し込む光の先に、ひざまずく白い服の女が目に入った。
「ナナ・ベルナールさん……?」
女は立ち上がった。
「あの、座長さんに言われて来ました。一座の皆さんが心配して待っています」

「……私が砒素の売人組織とかかわりがあったことが本当です」
ナナ・ベルナールはおもむろに口を開いた。
「幼いころ母を亡くし、高利貸しだった父に劇場の前に捨てられた私は、一座のなかで育ちました。まるで家族のように。こうして私は少女のころから舞台に立ち、舞台こそが自分の居場所でした。どんなことがあっても舞台の上にいる間は生きている心地がした。そして、まもなく女優として成功した私は、また、名声に群がるように集まる人々の実の姿に気が付きました。男たちは私に沢山の宝石をくれたわ。でも、彼らにとって、私は宝石と同じ、ただ綺麗で目立つだけの飾りにすぎなかった……そんななかローザンと出会ったのです」
ナナ・ベルナールは言葉を続けた。
「ローザンは他の男たちとは違った……私に結婚を申し込みました。しかし彼の実家は代々続いた伯爵家。どこの馬の骨ともわからない女と言われたわ。ローザンは勘当同然で家を飛び出し、生活のため銃士隊に入隊しました。でも、浪費家ですぐに借金で首が回らなくなった彼は秘密の商売に手を染めはじめました。それが、砒素の運び人です…」
「わかっていました。でも、私のために人生を賭けてくれた彼の気持ちが嬉しかった。しばらくして彼は私にも砒素の取引に協力するように求めてきました」
「……」
「もしかしたら、私は、彼との間に秘密を共有することで、彼の心をつなぎとめたかったのかもしれない……こうして、言われるがままに、楽屋を訪れる名士たちに薬物の瓶を手渡しました。二日前、仲間のバスコムが裏切りにあったこと告げるまでは」
「でも、信じられません」
コンスタンスはつぶやいた。
「これを……」
ナナ・ベルナールは小箱を取り出し、コンスタンスの前で開いた。
中には色とりどりの宝石がきらめいていた。
「覚えているでしょう。鉄仮面に奪われた宝石です。このためにあなたのお父様は家を売ることになってしまった。でも、もう私には必要ありません」
女優は箱をコンスタンスに渡した。
「これをブルゴーニュ座の座長に届けてください。今までのお礼と舞台に穴を開けた償いのために」
「もう、戻らないんですか?あなたの舞台、忘れられません」
ナナ・ベルナールはそれには答えず、柔和に微笑む聖母の像の方を見た。
「モンマルトルの風車小屋……」
「えっ?」
「モンマルトルの風車小屋に、彼らの隠れ家があります。集められた毒薬はそこからパリに運びこまれます」
「わかりました。すぐにダルタニャンに伝えます」
コンスタンスは踵を返して、礼拝堂から出ようとした。
「待って……」
後ろから女優のはっきりとした声が追いかけた。
「信じてくれて、ありがとう」

フォッソワイユール通りのボナシュー宅
「チカシツデ、ヒミツノシュウカイ、シュウカイ。イナカッポイ、ヨルハナガイ、スレテナイ、トバクノカイ。ワカイツバメ、ツバメ、オクサマガイップクモッタ。オネーサンタチトアソビマショ。オタノシミハコレカラ、コレカラ」
朝の光のなか、けたたましい声をあげるコピーを見上げて
ジャンとマルトはその場に固まっていた。
「お楽しみって何だよ!ダルタニャンは、おいらに内緒で、ひどいやひどいや!」
ジャンは地団駄ふんだ。
「やっぱり……夜遊び?」
マルトは腕を組んだ。

「こうなったら、ダルタニャンを連れ戻しに行ってくる!」
ジャンは外の馬小屋に駆け込むと、眠っているロシナンテを叩き起こした。
「ロシナンテ!お前も最近置いてきぼりじゃないか。さあ、得意の鼻を生かして、ダルタニャンのところに連れて行くんだ」
「ジャン、これを持っておゆき」
馬小屋に入ってきたマルトは、布でくるまれた台所包丁と砥石を渡した。
「ありがとう、マルト」
ジャンは肩掛けカバンの中に包丁と砥石をしまいこんだ。
「どうか、罪のない青少年を誘惑から目覚めさせてちょうだい」
ジャンはロシナンテの背に乗ると、返事の代わりに親指を立てて了解の合図をした。
マルトも、道の真ん中で仁王立ちになり、両手に親指を突きだして返した。
風が二人の間を吹き抜けた。
そしてそのままいつまでもジャンとロシナンテを見送っていた。



<続く>






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