銃士隊最悪の三日間〜ポン・ヌフを封鎖せよ!〜

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  象使いの孤独  



朝の光まぶしいルーブル宮殿の一室では、ルイ十三世とリシュリューが向かいあっていた。
窓の外を鳥たちが斜めの線を描きながら横切っていく。
まもなく朝の謁見がはじまるころであった。
「陛下、至急申し上げたいことがごさいます」
トレヴィル隊長が深刻な面持ちで部屋に入ってきた。
「何だ。申すがよい」
国王と宰相はトレヴィルの方を見た。
「昨晩、リュクサンブールの庭園で殺された男の服の中から、大量の砒素の瓶が見つかりました」
トレヴィル隊長の眉間には深い皺が刻まれていた。
「砒素だと?」
ルイ十三世が尋ねる。
「陛下。このところ砒素を使った高官の暗殺未遂事件が相次いでおります。実は先月私も狙われまして、下手人とおぼしき男を捕えて拷問にかけました。ところが、砒素の入手経路については一向に口を割らず、結局全ては迷宮入り。おそらく密売人たちの組織が上流階級の中に巣食っているものと……」
リシュリューがよく響く声で付け加えた。
「仰せのとおり。昨夜殺されたセザールという男は、その砒素の密売人のひとりで、貴族たちが出入りする舞踏会の場を利用して毒薬を売り込んでいたものと思われます」
トレヴィルは続けた。
「なるほど。しかし恐れ多くも王族の舞踏会を隠れ蓑にするなどは、不敵にも程がある。徹底して事件の真相を追及せねばなりませんな」
リシュリューは鋭い目を向けた。
「まさしく。このような毒薬を扱う者がいれば、それを使ってよからぬことを企む輩も出てこよう。よいか。密売人たちについては容赦せんでよい。徹底的に取り締まるのだ」
ルイ十三世は重々しく告げた。
「はは。かしこまりました」
トレヴィル隊長は頭を垂れた。

「起きろ。ポルトス。朝だぞ」
控室の長椅子の上でアラミスは目を覚ました。
床にはポルトスが毛布にくるまって、盛大ないびきをかきながら仮眠をとっていた。
「うーん。眠い。結局僕たちが夜番までやる羽目になった」
ポルトスは大きくのびをした。
「君のいびきのおかげでたいして眠らずにすんだよ」
アラミスもあくびを噛み殺しながら立ち上がった。
「だけど昨日の夜番はいったい誰だったんだ?」
「確か廊下に交代当番表が貼ってあった」

二人が廊下に出ていくと、朝の剣術の稽古に出てきた銃士たちが、
次々と集まってきた。
「あれ、当番表がない」アラミスは立ち止まった。
「当番表なら、一週間前からないよ」隣の銃士が答えた。
「じゃ、今日の交代は誰がやるかわかるのか?」ポルトスが尋ねる。
「さあ……」隊員たちはそれぞれ顔を見合わせた。
「シラノとクリスチャンは?」
「ロクサーヌのところに行ったよ」
「アランとラサールとユランは?」
「あれ、皆で温泉行くって休暇中だったはず」
「ロベールは?」
「二日酔いで家で寝てるってさ」
「そうだ、そうだ。ザラールからの伝言だ。母ちゃんが病気だから故郷に帰ってるらしい」
「で、今日いるのは?」
アラミスは、周りの隊員を見回しながら尋ねた。
「ひい、ふう、みい、よ…この十五人」
「ええっ。俺たちたった十五人で持ち場を回すの?」
銃士たちのあいだに動揺が走った。
「アトスとダルタニャンもいるはずだが」
ポルトスは思い出したように言った。
「昨日非番で今日はまだ来ない」隣の銃士が答えた。
アラミスはため息をつきながらポルトスに向き直った。
「ポルトス、君は二人分食うのだから、二人分交代をしてくれないか」
「嫌だよ。昼食時間がなければ俺は生きていけない」
ポルトスも必死に答えた。
「そうだ。ローザンも今日来てないよ」
「あれ、あいつ昨日の夜番だったじゃないか」
「昨日の夜番?」
ポルトスはすかさず尋ねた。
「いつものことだよ。ローザンは。よく当番すっぽかすんだ」
髪をちりちりにした銃士は答えた。

「ナナ・ベルナールが行方不明?」
ダルタニャンとコンスタンスは思わず叫んだ。
「そうなんです。開演のすぐ前に急に姿が見えなくなりまして……」
昨夜ブルゴーニュ座の出口で二人を呼び止めた座長の額には、
うっすら脂汗がにじみでていた。
「ああ我が一座は大損害です。そんなことよりも、ナナは無事なんでしょうか。もう心配で心配で……。どうかダルタニャン殿。ナナ・ベルナールを捜してください。お願いします」

「どこに行ってしまったのかしら?ナナ・ベルナールさん」
翌朝、サン・ジェルマン広場を歩きながら、コンスタンスはつぶやいた。
「きのうから女優が行きそうなところは探したよ。でも何の手がかりもない」
ダルタニャンも疲れた声でつぶやいた。
足下から白い鳩が群れながら飛び立っていった。
朝市は終わりに近づき、ところどころ売り子たちが仮設の店を畳んでいた。
ふと、ダルタニャンの目は、広場の奥にある見世物小屋の白い天幕に吸い込まれていった。
「そうだ。あの人に聞いてみよう」

「こんにちは。象使いのおじさん」
ダルタニャンが天幕に入っていくと、白いターバンを巻いた象使いが駆け寄ってきた。
「やあ。ダルタニャン。久しぶりじゃないか。象は元気か?」
「ガスコーニュで元気にやってるよ。おじさんは?」
「そうか。ならば良かった。ずっと苦楽を共にした相棒みたいなもんだからさ。気になってね」
「そうなんだ。ごめんなさい。でも何か悪いことしたなあ」
「いいさ。いいさ。気にすんな。象だってこんなごみごみしたパリよりも、ガスコーニュの草原で暮らした方が幸せだろう」
象使いはダルタニャンの肩に手を置いた。
「そうだ。最近新しい見世物を考えたんだ。火吹き男対暴れ牛の異種格闘ショーだよ」
象使いの背後で火吹き男がちからこぶを見せた。
「私もこれから象に頼っていられないからね。一から出直すことにしたんだ」
明るい声で話す象使いの目には、一抹の寂しさが灯っていた。



<続く>


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