銃士隊最悪の三日間〜ポン・ヌフを封鎖せよ!〜

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  消えた女優の謎  


ブルゴーニュ座の楽屋には、色とりどりの衣装がかけられ
贔屓の客たちが残した花束が、部屋じゅうに甘い芳香を放っていた。
女優の机の前は化粧道具がきれいに整頓され、そのままの状態で残っていた。
ダルタニャンはそばにいた小間使いの少女の声をかけた。
「ねえ、君。ナナ・ベルナールを最後に見たのはいつ?」
「ナナ・ベルナール様は衣装を着たまま楽屋を出ました。いつもと同じ時間に。てっきり舞台にあがったのとばっかり……」
「じゃあ、自分からいなくなったのか?」
「はい」
小間使いは答えた。
「ダルタニャン、でもちょっと変じゃない?ナナ・ベルナールさんは舞台をなおざりにする人じゃないわ」
コンスタンスが隣で制する。
「誰かその前に楽屋を訪ねてきた人はいた?」
「といっても、いつも公演前には沢山のご贔屓のお客様がいらっしゅるので……」
小間使いは壁に並んでいる色とりどりの花束に目をやった。
「確かに。これじゃ誰が来たかわからないな」
ダルタニャンは戸棚の近くまで行って扉を開けた。
「悪いけど、何か手がかりになるようなものを残していないか調べさせてもらうよ」

楽屋を出たコンスタンスが劇場の客席まで階段を降りていくと、
誰もいない暗い客席に座長がひとり座っていた。
「ご心配でしょうね」
コンスタンスは隣に座って声をかけた。
「ああ、ありがとう」
座長の顔はやつれていた。
「ナナとは長いつきあいになる……。無名の彼女がまたたくまに大女優に駆け上がるのを見届けてきたよ。ナナ無しのブルゴーニュ座はもう考えられない……」
座長はくしゃくしゃと頭を掻いた。
「最近、何か変わったことはなかったですか?」
「変わったこと?」座長はしばらく考えていた。
「ああ、変わったといえば……そうさな。恋人ができたことかな」
「恋人が?」
「いや、それまでも彼女に言い寄る男たちは星の数ほどいたよ。何せパリ一の人気女優だからな」
「どんな人なんですか?」
「いや……それが…意外なんだ」座長は口ごもった。
「お相手は名門伯爵家の御曹司。名前はローザンといったな」
「ああ、ダルタニャンの同僚の。名前は聞いたことがあります」
「家柄と顔はいいんだが、その、あまり評判の良くない男でな…」座長は言葉を続けた。
「ナナがどうして惚れたんだかさっぱりわからん」
「どうやって、知り合ったんです?」
「ローザンが熱を上げて通い詰めんたんだよ。もちろん最初はナナだって相手にしなかったさ。ある日ローザンは街じゅうのバラの花を買って、窓から見える広場を真っ赤なバラで埋め尽くしたんだ。それが女優の心を動かした」
「古典的なやり方ですね」コンスタンスは相槌をうった。
そのとき、ダルタニャンが慌てて階段から降りてきた。
「大変だ!ナナ・ベルナールの戸棚の奥に薬の瓶が沢山隠されていた」
「薬の瓶?」座長とコンスタンスが同時に声をあげた。
「中に大量の白い粉が入っていたんだ」

フォッソワイユール通りのボナシュー宅。
ダルタニャンと三銃士は昼間から食堂のテーブルを囲んでいた。
「で、これがナナ・ベルナールの楽屋から押収した瓶だ」
ダルタニャンはテーブルの上に華奢な細工を施したガラス瓶を置いた。
「やっぱり…」
アトスは腕組みをした。
「やっぱりってどういうこと?」
「今朝セザールの家の中を調べたんだ。そしたら、砒素だけじゃない、阿片や大麻、水銀、 ありとあらゆる薬物が出てきた。間違いなく奴は毒薬使いだ。そして決定的な証拠があった」
アトスは、小さな円形のガラスの入れ物を取り出した。
「へえ……女性用のおしろい入れだ」アラミスはそれを取り上げて光に透かした。
「イニシャルが彫ってある。N.B.……ってナナ・ベルナールのこと?」
そのまま蓋を開けようとしたアラミスの手をアトスが制した。
「おっと待て。中身はおしろいじゃないぞ」
「ひょっとして砒素?」アラミスは慌てて手を放した。
「砒素は無色無臭。食べ物に入れても味が無いからわからない。だが、ただひとつ見分ける方法がある」
アトスは言葉を続けた。
「銀だ」
「銀?」一同問い返す。
アトスはポケットから、革ひものついた銀製の鍵を取り出した。
「銀は砒素に触れると表面が黒ずむ性質がある」
「さっすが。銃士隊の知恵袋!」ポルトスが立ち上がった。
「……知恵者と呼んでくれ」アトスはすかさず訂正した。
アトスは手袋をはめ、鍵を手に取ると、おしろい入れの中の白い粉の中にうずめた。
「見ろ」
そして、鍵についていた白い粉を払うと、蝋燭の炎を近づけた。
金属質の光沢のなかにうっすらと不気味な黒いまだら模様がうかびあがった。
「なるほど」頭を寄せ合っていた銃士たちはうなずいた。
アトスはハンカチで鍵の表面をぬぐうとまだら模様は消えた。
「ではダルタニャンがもってきた瓶の中の粉はどうだろう」
今後は白い粉の入ったガラス瓶の中に鍵を差し入れた。
しばらくしてそれを抜き取ると蝋燭の炎をまた近づけた。
「こっちも反応ありだ」
鍵の表面には、同じく黒いまだら模様が浮きあがっていた。

「しかし、あのナナ・ベルナールが砒素の密売人たちと関係しているとはな……」
ポルトスは沈黙を破る。
「待ってください。ナナ・ベルナールさんはそんな人とは思えないんです。これは何かの罠です」
話を横で聞いていたコンスタンスが進み出た。
「そうだよ。まだ決まったわけじゃない。僕はオルレアン公の舞踏会に潜入して他の売人たちをつきとめる。奴らははひとりじゃないはずだ」
ダルタニャンは立ち上がった。
「そういえばローザンも昨日からいないぞ」アラミスは思い出したように言った。
「あの二人は恋仲だったのか」
「まあ、美人は謎が多いからな」ポルトスは気楽に続けた。
「そういえば、最近の彼女の芝居見たか?いやあ一層脂が乗って美貌に磨きがかかったよなあ」ポルトスは表情を崩した。
「ああ見たよ。彼女の芝居には華がある」アトスも眼を細めた。
「ポルトスにアトス、二人とも鼻の下を伸ばしている時ではない」アラミスが冷静に言葉をはさんだ。
「じゃあ、アラミスはナナ・ベルナールを美人だと思わないのか?」
ポルトスとアトスはアラミスの方を見た。
「そりゃあ、確かに美人だけど……」
アラミスは小声で付け足した。
「……男の趣味が良くないんじゃないかな」


<続く>
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