十年後!

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  17話 リメンバー  


朝がやってきた。司教が最後の告解を聞き、国王が一息ついたとき、
衛兵たちがやってきて、うやうやしく羊皮紙に書いた書類を取り出した。
「元国王チャールズ・スチュアート。これから断首刑の執行を行う」
「何だと…。処刑は10時のはずだったが」チャールズは飛び起きた。
「不測の事態が起きて早まることになった、ぐずぐずするな」
衛兵はこれだけ言い残して、横からチャールズを連れだした。
チャールズは窓の外を見た。
窓の下には、死刑執行の見物に来た群衆がやってきて、
また床下ではまだ石を割る音が微かに聞こえた。

「何だ。あの騒ぎの音は?」
処刑台のやぐらの下でダルタニャンは異変に気が付いた。
「群衆が集まって来るぞ」
アトスは、骨組みを覆っている黒いサージの布の隙間から外をうかがった。
「まさか死刑を執行する気じゃ…」アラミスは梁の上に立ちながら言った。
「首切り役人がいないのに、執行などできるものか」
ダルタニャンは、アトスにならって布の隙間から外を見た。
「おい、国王が連れられてくるぞ!」
そのとき広場でものものしく太鼓が叩かれた。
「首切り役人だ!」
アトスは、国王とともに、ひとりの覆面の斧を持った男が歩いてくるのを認めた。
「しかも、どうしてこんなに予定よりも早いのだ?」
ポルトスは壁の中の穴から出てきた。
「わからない」

四人は、そのまま処刑台の下に身を隠しながら、組み上げた梁の上に立っていた。頭上で木板がきしんで聞こえ、処刑者が階段を上っていく足音が聞こえた、その後に首切り役人の足音も頭上で鳴り、そして止まった。処刑がはじまるのだ。

そのときちょうど天井板をへだてて頭上で、国王の声がした。
「しばらく、ここで神に祈りをささげたい。いいだろう?」
チャールズはよく通る声ではっきりとにいった。
「祈りが終わったら、私がリメンバーという合図を送る」
チャールズは断種台の上に首を乗せて、祈りはじめた。
そして、処刑台の台の板の隙間から、フランス語で話し始めた。
「ラ・フェール伯爵とその友人たち、聞こえるかね」
「はい陛下」アトスはかすれた声で応じた。
「これも運命だ。運命には逆らうことはできぬ。最後までご忠義どうもありがとう。伝えたいことがある。息子のチャールズのために、100万リーブルの金貨をニューカッスルに埋めてきた。何かのために役立ててほしい。あと、代々伝わる王冠のルビー、あれをチャールズに渡して欲しい。楠の木亭のパリ―という男に預けた」
「最後にフランスにいる妻と息子に伝えてくれ…愛していると」
「わかりました」アトスは言った。
「我々も陛下のためにお祈り申しあげます」
アトスは目を伏せ、アラミスは十字を切った。ダルタニャンは梁の上で今にも飛び出ていきそうな気持ちを押さえ、ポルトスは涙を流していた。
「リメンバー!」
斧が振り落された。一瞬広場は静寂と緊迫につつまれた。
やぐらの内側には、黒い布の隙間から細い光が、一条、二条漏れていた。
天井から、ゆっくりとどす黒く暖かな滴がしたたりおちてきた。
国王の白い首が胴体から離れると、広場は歓声と混乱に包まれた。
リメンバー
人々はいつの日か記憶の底から思い出すだろう。国王を手にかけたこの日のことを。
月日が流れイングランドが再び王を抱く国となったとき、これは必要な犠牲だったと言うことができるのだろうか?


「全く、どうして計画が狂ったんだ?」
ペーレスの宿に戻るとダルタニャンは帽子を投げつけた。
アトスに水の入った陶器のコップをつかむと、黙ってそれを飲み干した。
「首切り役人が逃げたのか?」ポルトスは言う。
「逃げるはずないさ」ダルタニャンは地下室の扉を開けた。「ここに閉じ込めてある」
猿ぐつわをかまされ、両手両足を縛られた男を、地下室から運び出した。眠り薬のせいで意識がないほど眠っている。
「さっきの首切り役人のほうが、ずっと体格が細かった」アラミスは言った。
「つまり、何者かが覆面をつけて国王の首を切り落としたということだ」ダルタニャンは推理する。
「それよりも、陛下の遺言だ。パリ―という男を探し当てなくては…」アトスは言った。
「僕とポルトスは先ほどの首切り役人の後をつける」ダルタニャンはすかさず言った。
「僕とアラミスはパリ―という男を探し出しに行くよ」四人は宿屋で別れた。

覆面をした首切り役人は、血まみれの斧を片手に、国王の遺体が収容されてからも、満足げに広場で人々の嬌声を聞いていた。
それから、ゆっくりと踵を返すと、ホワイトホール宮殿に戻っていた。
主の居なくなった宮殿では、誰ものその死を悲しむことはなく、兵士たちは次々と宮殿内の調度品や鏡、タペストリーなどを物色していた。
「兵士たちに直ちに略奪を慎むように言え!」
首切り役人は覆面をとった。
モードントだった。
「はい、モードント参謀」
「国王は消えたが、宮殿内の宝は共和国の宝だ。金属は鋳造し直して再び武器にできる。全ての調度品は共和国の名で没収する」
「ははあ」
「モードント殿。大変です」
兵士がひとり駆け込んできた。
「王家に代々伝わる黒太子のルビーがありません」
「なんだと?」
「戴冠式の際に、王冠の中央に飾られたという王家の秘宝です」
「それが、冠から抜き取られています」
「誰がやったのだ」
「最後に手入れをしたのは、宝石職人のオレイリーと思われます」
「すぐさま、オレイリーを探すのだ。」
「はっ」兵士が出て行った。

ホワイトホール宮殿前広場で、職人服を着たダルタニャンとポルトスは、宮殿から出てくる人間を見張っていた。
「さっき、首切り役人は宮殿に入っていったのは間違いない」
そのとき、宮殿のから、十人ばかりの兵士を従えた若い男が姿を現した。
短く刈り込まれた髪、緑の目、そして黒い鮮血の跡の残る服を着ていた。
「モードントだ!」
「さっきの首切り役人はモードントなのか?!」
「後をつけてみるぞ!。」
モードントは、人目をはばかるように、ロンドンの暗い路地にすいこまれていった。そして、木組み作りの小さな三階建ての建物まで来ると、辺りを用心しながら中に入っていった。
ダルタニャンとポルトスは静かに後をつけた。
男は二階の手前の部屋に来ると、ノックをした。
「入れ」中から落ち着いた声が聞こえた。
男は、幸いにもドアを開け放したまま中に入った。
「それで、どうなった? モードント」
「クロムウェル将軍。今朝チャールズ・スチュアートは処刑されました」
「処刑?首切り役人が行方不明ではなかったのか?」
「いいえ。この手で」
「お前の手だと?」
「私が覆面をつけ、斧を持ったのです」
「なんだと?」
「チュールズはどのような理由であれ、議会が決めた通りに処刑されなくてはなりません」
モードントは冷酷に言い放った。
「ところで、ホワイト・ホール宮殿の王家の宝物を押収していますが、ひとつだけ、持ち去られたものがあります」
「それは?」
「スチュアート朝の王が代々戴冠式の際に王冠につけていた巨大なルビーです」
「黒太子のルビーか」
「最後に手入れに来たのは、お抱え宝石職人のオレイリーだといいます」
「王党派に頼まれたのか」
「わかりませんが、オレイリーを連行するように指示をだしました」
「よかろう。重要な秘宝だ。これからどこに行く?」
「フリート通りの隠れ家に行きます」
モードントは扉の陰で聞き耳をたてていたダルタニャンとポルトスには気付かず、廊下を通り急いで建物から出て、再び路地の奥に消えた。

「オレイリーって…」
「知ってるのか?」ポルトスがダルタニャンに尋ねた。
「ああ、僕が、昔ロンドンにダイヤの首飾りを取りに来たとき世話になった宝石職人だ」
「よし、僕らも後をつけてみよう」
職人の服を着て、他のロンドン市民と見分けがつかなくなったダルタニャンとポルトスは再びモードントの後を追った。



第17話 終わり

fig. チャールズ一世の処刑
http://en.wikipedia.org/wiki/File:Contemporary_German_print_depicting_Charles_Is_beheading.jpg
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