十年後!

BACK | NEXT | INDEX

  第16話 国王救出作戦  


ロンドン市内は、国王捕縛のニュースで持ちきりだった。テューダー様式の木組み建築の宿屋ベッドフォード・タヴァーンでは、亭主が久々に出会ったダルタニャンを懐かしそうにもてなしていた。
「ダルタニャン隊長殿。サントメールの戦いで一命をとりとめたのも隊長のおかげでございます。ご用命がありましたら何なりとどうぞ」
「いや、ここの朝食は旨いよ。イギリスに来てから一番ましなものを食った」ポルトスは言った。
「それは、手前はスペイン人でごさいまして、英語の話せないスペイン人向けに宿を開いたものですから…」
「僕たちは英語をしゃべれないんだけど、ちょっとマザランのお使いでロンドンに来たのさ。この騒ぎで、乗る予定だった船が出航しなくて足止めだよ」ダルタニャンは主人に説明した。
ちょうど扉が開いて、アラミスが戻ってきた。
「やあ、変装用の着物を調達してきた」アラミスは麻袋に入っている、四人分の服を無造作にテーブルの上に広げた。
「寸法は計ってあるから、大きさは問題ないだろう」
「地味だなあ」ポルトスは自分に渡された服を広げながら言った。
「この期に及んで何を言う。大工職人と指物職人の服だ」アラミスは冷徹に言った。
その次に扉が開いて、アトスが入ってくる。
「傍聴に行ってきた。判決が出た」
「何だって?」一同が身を乗り出す。
「死刑だ」アトスは青ざめた顔で言った。
「国王を議会が死刑にする?」ダルタニャンが繰り返す。
「形だけの裁判だ。単にクロムウェルが国王を消したいからに過ぎない」アトスは述べる。
「でもって死刑はいつだ?」アラミスは言った。
「明日の午前10時。ホワイトホール前広場」
「時間がない。着替えて行こう。アトスの傷は?」ダルタニャンは尋ねる。
アトスのこめかみにはまだ包帯の下から血痕が見えていた。「大丈夫さ。これしきのこと。」
「アラミスは休めたか?」アラミスは言った。「問題ないさ」
「僕は、イギリスから脱出する際の船の手配をしておいた。サザンプトン港の『稲妻号』だ。遅くとも金曜日に出航する。国王をかっさらいこれで逃げる」ダルタニャンは言った。
「よし、みんな行くぞ」アトスはまとめた。

ホワイトホール宮殿前の広場は、にわか仕立てで処刑台が設置され、大工たちが鋸や金槌の音を響かせていた。
木でやぐらを組みながら、高さ6メートル、二階よりも高い大げさな装置は、広場の隅々から処刑者の姿が見えるようになっていた。
「どうしてわざわざ宮殿の、それも窓の前に処刑台を作るんだ?」ポルトスは不思議そうに言った。
「最後まで、国王の近くに刃をちらつかせたいのだ」アトスは答えた。
「おい、トム親方はどうしたんだ?」
職人たちを現場で指揮しながら執行役人が叫んだ。
「昨日やぐらから落ちて足を折っちっまったらしい」
「困るなあ。こんなときに」
「ハロー。サー」流暢な英語を話しながらアトスは近づいて行った。「トムから代わりを頼まれた、大工仲間のハリスだ。三人の部下を連れてきた」
「おお、ご苦労。早速仕事にかかってくれ。明日までに間に合わないんだ」
職人服に着替えて変装した四人は、鋸、鉋、斧、かなてこを取り出し、作業に参加した。

しばらくするうちに、例のハリス親方の部下の一番若い男のと、一番体格のいい男が、釘の打ち方をめぐって口論をしはじめた、口論は次第に激しくなり、若い男がかっとなって相手の男の肩を押した。
押された大男がよろめいた後、逆上して、若い男に体ごと体当たりをくらわせた。男はそのまま2-3メートル吹っ飛ぶとやぐらの支柱にぶつかった。まだ仮組み中のやぐらが揺れ、上から柱が数本落ちてきた。
若い男は、今度は、助走をつけて大男の腹部に思いっきり頭突きをくらわせた。大男は大げさに後ろによろめいて、やぐらの支柱にぶちあたり、その勢いで支柱もろともなぎ倒してしまった。ハリス親方と、もうひとりぶかぶかの上っ張りを着た助手が、慌てて仲裁に入ったころには、組みあがったばかりのやぐらは、もう見る形がなくなってしまった。
「サー。すまない。責任はとる。このやぐらは我々の部下と仲間たちで、夜を徹して完成させる。」
ハリス親方は帽子をとって、執行役人に詫びた。

しばらくすると、宿屋の主人のペーレスが、十人ほどの老人の職人たちを引き連れて、やってきた。
「ダルタニャン隊長。お望み通り連れてきましたよ。フランドルで戦ってた頃の戦友の工兵仲間でさあ」小声で先ほどの若い職人に話しかけた。
血の気の多い若い大工職人、つまり変装したダルタニャンはフランス語で叫んだ。
「やあ、みんな懐かしいなあ!」
「この、図面通りやぐらを組み直してもらいたい」ハリス親方ことアトスは図面を取り出して流暢な英語で指示を出した。。

真夜中になっても、鋸の音や金槌の音は止まらなかった。それに加え、鉄金槌で石を切り崩す音まで聞こえてきた。
「どうしてこんな大がかりな工事をやっているのだ?」宮殿内の窓の面した一室に収監されたチャールズは侍従に訪ねた。
「恐れながら陛下。窓の外はご覧になりませぬよう」侍従は悲しげに答えた。
「わかっておる、私の処刑台を作っておるのだ。王たるものはそんなものに恐れるものか。だが、どうして床が揺れるのだ?」
振動が不思議なことには床下からやってきた。
チャールズは意を決して、窓の外を見た。ちょうど、黒い処刑台のやぐらが、以前にもまして窓のすぐ下に迫ってきていた。
そのやぐらの上に乗って、職人衆を指揮している男をみるなり、あっと叫んだ。
「神はまだ私を見捨てていなかったのか…」
侍従に命じて部屋の明かりを消させると、窓の隙間から小さく叫んだ。
「ラ・フェール伯爵…!」男は声に気付くと帽子をとった。
「陛下」アトスは窓の下に近づいた。その助手が、松明の火を消した。
辺りは闇に包まれた。
「宮殿の壁に穴をあけています。前にやぐらがあるので外からは見えますまい。陛下の部屋の下に貫通するようにしております。明日には人が通れるようになるので、もう少しの辛抱です。そこからやぐらの下に抜け出してお逃げください。変装用の衣装はご用意しております」
「わかった。だが、そなたたちの安全を第一にしてくれ。幸運を祈る」
「明日またお会いしましょう。陛下」アトスは最後に言った。

やぐらの下でポルトスは、鑿と大きな木槌を動かして、宮殿の外壁を巧妙に切り崩していた。助手に扮したアラミスは、黒い布を広げて、やぐらの周りを覆い、ポルトスと穴をすっぽり外から見えないように隠しながらそれを打ち付けていた。アトスは英語を操りながら、ペーレスが連れてきた退役工兵たちにやぐら組みの作業を指示していた。
夜が明けたころに、ダルタニャンが戻ってきた。
「首尾は上々」ダルタニャンは上機嫌に、だが緊張感を持って言った。
「首切り役人を閉じ込めてきた。今頃、ペーレス親父の穴倉の中で眠っている」
「朝になって、首切り役人がいないと知れたら、これで多少処刑の時間は稼げる」アトスは言った。
「ポルトスの方はどうだ?」
「あと2-3時間で貫通する。」壁と格闘しているポルトスは答えた。
空が白くなって、朝がやってきたとき、執行役人が再び現場に戻ってきた。

「おお、できあがっているじゃないか。ご苦労ご苦労。だが、ちと、前よりも位置が高すぎるんじゃないか?」
「そうでしょうか。このくらいの高さの方が、この前代未聞の見世物を全ロンドン市民に見せることができます」ハリス親方は平然と答えた。
「どうして布で覆ったのだ?」
「急ごしらえで別の木材を使ったのを隠すためです。ホワイトホールの壁の白と処刑台の黒で、いい対比となって美しいと思いますが」
「なぬ。処刑台にさえ美観を追求したのか。ご苦労であった」役人は満足そうに答えた。

「あと処刑までに2時間だ」モードントは時計を見ながらつぶやいた。
「聴解司教の懺悔は終わったのか」
「ただいま、司教がチャールズの部屋から出ました」
「モードント殿。大変です。首切り役人がいません」伝令が駆け込んできた。
「なんだと?」
「昨日帰宅途中から、全くどこに行ったのか不明です」
「代わりはいるのか?」
「兵士たちは首を振った。」
「近隣のブリストルの街を探せばいると思いますが…。何せ、誰もがやりたがる職業ではないですから…」
「何を言っている。剣を持つ男なら、人ひとりの首を切り落とすのなど造作もないことじゃないか。どけ。俺がやる」
兵士たちは蒼白になった。
「しかし、モードント殿はクロムウェル将軍の参謀の身…」
「構わぬ。斧と覆面を持ってこい」
モードントは、強く言いながら部屋から出て行った。


第16話 終わり
BACK | NEXT | INDEX

-Powered by HTML DWARF-

inserted by FC2 system