十年後!

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  第4話 復活!銃士隊  


トレヴィル殿の執務室は、昔懐かしいたたずまいのままであった。この部屋は、元の主の面影を残しながら、きれいに整頓され、再び新しい主を迎えている。
ダルタニャンは、執務室の机にかけながら、銃士隊長という地位の落ち着かなさを感じていた。
「次の人どうぞ」ダルタニャンが声をかけると、部屋に若い青年が入ってきた。
「名前は、セバスチャン・ダバディーと申します。ノルマンディーに領地を持つ伯爵家の次男で、銃士隊に入隊を希望しています」
そばかすだらけの青年は緊張の面持ちで答える。
「ほう。それで何故銃士隊なのだ。近衛騎兵隊ではなくて」
ダルタニャンは問う。
「ええと…その…実は、あの、僕はジョセフィーヌに出あってから、彼女のことが忘れられないんです」
「それで?」
「ええと、その…ジョセフィーヌは、亜麻色の巻き毛のそれは可愛らしい人で…」
「それで?」
「ええと、笑い声も可愛らしい」
「で?」
「実は彼女の好みはかっこいい軍人らしいということがわかって。」
「ほう」
「それで、色々探してみたら銃士隊の制服がいちばんかっこよかったんです」
「なるほど」
「だから、僕もあの制服が着れれば、彼女に振り返ってもらえるかもしれない、と」
「剣や銃は扱えるんだよな。」
「それは、もちろん。父上に仕込んでもらいました。」
「よろしい。」
青年が出て行ったあと、ダルタニャンはポルトスに振り返った。
「どうする?動機が不純だ」
「君だって、人のことはいえないじゃないか」ポルトスは答えた。
そのとき、ふとまたノックの音がした。
「次の人どうぞ。」
栗毛の髪を波打たせた青年が入ってきた。
「名前はガティアン・クルティウス・ド・サンドラスです。太后殿下の推薦状を持ってきました。ダルタニャン隊長の副官としてお役にたちたく思います」
「太后様の推薦であれば問題なかろう。よろしい」
ダルタニャンはこの青年に目を向けた。
「今までの配属は近衛隊士。太后殿下の身辺警護にあたっていました。特技は、日記とか回想録とかを書くことです」
青年は緊張した面持ちで一気に話した。
「ひょっとしたら、あなたはポルトス殿でしょうか」
「そうだ。僕がポルトスだ。」ダルタニャンの隣のポルトスが答えた。
青年は、まるで天然記念物でも眺めるかのようにポルトスをしげしげと見つめた。
「父上から聞きました。パリの三銃士のひとりがあなたなんですよね。あ、握手してください」
ポルトスの大きな手と握手して、青年は頬を赤らめた。
「憧れていたんです。三銃士に。アトス殿とアラミス殿もいらっしゃいますか?」
「これから誘おうと思っている」ダルタニャンが言った。
喜び勇んで執務室を後にするサンドラスの背中を見ながらポルトスがつぶやいた。
「なかなか、素直な良い青年じゃないか。」

ノワジー村のはずれに広がる森の中、小川のほとりに朽ち果てそうな小さなあずま屋があった。
煙突は曲がり、窓にはガラスはなく、つぎはぎされた木の板で覆われていた。しかしながら中は居心地がいいほどきれいに片付き、暖炉には火が燃え、魚がくべられていた。
その前で、ひとりの男が斧を振り上げ、薪を割っていた。
日に焼けたその男は、よく伸びたあごひげとほおひげに覆われ、優しそうな眼をしていた。
村の人々は、誰もその男が何者であるかを知らなかった。その男が実は先代の国王ルイ十三世に瓜二つであるということも、その貧しい身なりからは想像することもできなかった。
正午の鐘が村の修道院から聞こえてくると同時に、ふと、木の葉が触れ合う音がして、木々の隙間から人影があらわれた。
「これは、ようこそ。デルブレー修道院長」
男の顔がほころんだ。
「こんにちは、フィリップ殿下」
木漏れ日が灰色の馬のたてがみと修道女の白いベールに反射していた。
男は斧を置き、修道院長を家の中に招きいれた。
「どうぞおかけください。修道院長。お待ちしていました」男は、まるで臣下に対するかのように椅子をすすめた。
「先週は修道院でジャムを作ったのです。持ってきました」
修道院長は手に持っていた籠からビンを取り出した。
「ところで殿下、何かおかわりは?」
「羊の子供が生まれた。名前は何とつけよう」
「まあ。」
「ガスパールとメルキオールの子だ。村の乙女に手伝ってもらって初めて出産に立ち会った。母子とも元気だ」
「それはおめでたい」
「そちらでは何か変わりはないか」
「モー街道を外地に駐留していた軍隊が続々引きあげています。パリでは戦が始まるもようです」
「また、戦がはじまるのか」
「マザランに対する戦です」デルブレー修道院長はフィリップの目を見ながら声をひそめた。
「そもそも、先王陛下の遺言を守らず、殿下をこのような境遇に追いやったのは、マザランです。もし、殿下がパリへ出るとお心を決められるのでしたら、そのときは、わたくしも…」
「いいや。それはいけない。デルブレー修道院長」フィリップの目がふと遠くなった。
「私は今まで、仕えてくれた友人たちの死を見届けてきた…。貴女まで不幸になって欲しくないのだ」
「……。」
「今の生活が気に入っているのだ。もう鉄格子も見張りの兵士もいない。村人たちは、誰ひとりとして私の真の出自を知らず、自分たちと同じように接してくれる。つつましいがここには自由がある。羊たちや、ガチョウやロバ、友も大勢いるではないか。そして貴女も訪ねて来てくれる」
フィリップはふと修道院長の目を見やりながら言った。
「貴女は一体何者なのかわからない。デルブレー修道院長。ただ、週にいちどここを訪ねて来てくれるという以外には。何故こんなふうに親切にしてくれるのかも」
「全ては神のお導きです。殿下」質問には答えずに、修道院長は立ち上がって十字を切った。
「それでは殿下。来週また来ます」
修道院長は目を伏せて戸口から出て行った。

決まって週にいちどの正午、この村はずれの森のあずまやを、村の修道院長が女ひとりで伴もつけずに訪れていることを、村人たちは誰一人として不思議に思う者はいなかった。

パリ。バスチーユ監獄の看守長の部屋。
「こんにちはベーズモーさん」
居眠りをしていたベーズモーは慌てて飛び起きた。
「シャトレ監獄からバスチーユに転勤になってから、ずいぶん暇になったみたいだね」
聞き覚えのある声がして振り向くと、若者が立っていた。菓子職人の格好をしたジャンであった。
「シャトレ監獄?」何故それを知っているのだといわんばかりに、禿げ頭のベーズモーは目をぱちくりさせた。
「いやいや、何でもないんだ」
「ところで、ボーフォール公のご注文のパイを持ってきたよ」菓子職人は元気よく言った。
「ああ、そいつはありがたい。公爵はたいへんわがままなお方で、ノワールモン親父のパイしか食べないんだ」
ジャンは、手押しトレーから大きな包みを取り出した。
「公爵のご注文だから特大のサイズだよ。これで三日間は楽しめる。それから」
もうひとつ特大のパイの包みをベーズモーの前に差し出した。
「これはベーズモーさんにご進呈」
ベーズモーの頬はおもわずゆるんだ。
「いいじゃないか。いつも牢屋番大変だからね。うちにパイを注文してくれてありがたいって親方も言ってたよ。」
「おお、これはうれしいな」
「また、注文があったら是非ともうちによろしくね」
ジャンはベーズモーに意味ありげに微笑んだ。
「じゃあな、小僧。」
「小僧じゃないよ。もう一人前の職人だよ」ジャンは威勢よく看守長の部屋をあとにした。

再びところ変わってルーブル宮殿。王妃の間では、謁見がはじまっていた。
「陛下。こちらは、銃士隊長のダルタニャンです。フランドルの前線から戻ってきました」
マザランはあらためて、ルイ十四世とアンヌにダルタニャンを紹介した。
ダルタニャンは膝をついて、この小さな未来の国王に一礼した。
「母上から聞きました。とても勇敢な剣士だそうですね」
「どうぞ、このダルタニャンを陛下の盾であり剣であると思って、ご命令ください」
「隊士たちは無事に集まっておりますの?」太后は尋ねた。
「はい、明日から訓練を開始いたします」
「銃士隊は、我々の安全とパリの治安の維持のために、大きな働きをしてくれると信じています」
マザランは調子よく続けた。
謁見の部屋から出て、中庭を見下す回廊を歩きながら、ダルタニャンはふと幻をみたような気がした。
中庭を埋め尽くすのは、青い制服の裾をはためかせて集まる銃士たち。その中央に金の十字の刺繍が輝いている。
「ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために」
マスケット銃を背負い、剣を抜くと幾千本の剣身がきらりと輝く。
それは、青春の思い出であり、過去の記憶であった。

「まず、手はじめに、城門の検問からはじめよう。」
トレヴィルの執務室でダルタニャンとポルトスは頭をあわせていた。
「どうして、パリ城内に火薬と銃器が集まるのか。そのルートを探りたい。民衆が武装すれば、僕たちも彼らに武器を向けずにはいられなくなる」ダルタニャンは続けた。
「隊士たちを、サン・ドニ門、サン・マルタン門、サン・トノレ門に派遣してくれ。そこからパリに入る荷車の検査を行う」
「よし、初仕事だ」ポルトスも続けた。

サン・ドニ門の前に、ダルタニャンとポルトスは立っていた。
「おーい、次の馬車、中を見せてくれ」
藁を積んだ荷車を兵士たちが調べた。「よろしい、次!」
黒い馬車が城門に入ってきた。シュヴルーズ家の紋章をつけている。
「公爵夫人への寄進物だ」
「どこからの寄進だ?」
「公爵家の所領のあるノワジー村のカルメル会修道院」
「念のため中を見せてもらおう」
ダルタニャンとポルトスは中に入った。
「へえ。うまそうだな。ぶどう酒とチーズだ」ポルトスは目を輝かせた。
「勤務中だよ」ダルタニャンは横目で制した。
「この麻袋は何だ?」
「小麦粉です」御者が答える。
ポルトスは袋を持ちながら言った。「変だぞ。小麦粉にしてはずいぶん重いな」
けげんな顔をしながら、ポルトスは腰につけていた剣を抜き、袋を突き刺した。
袋の隙間から出てきたのは、白い小麦粉ではなく、黒い粉だった。
「これは…。火薬だ!」
ダルタニャンとポルトスは顔を見合わせた。

「それでは、整列―!」
トレヴィル邸の詰所の中庭で、騎上のダルタニャンは声を上げた。
あの、青い制服が一斉にひるがえる。
「抜刀!」並んだ隊士たちが一斉に剣を上に掲げた。
太陽の光に反射して、幾千本のハレーションがおこる。
夢にまで見た銃士隊が動き出したのだ。



第4話終わり

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