銃士隊最悪の三日間〜ポン・ヌフを封鎖せよ!〜

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  ポン・ヌフを封鎖せよ  


リュクサンブール庭園の離宮の大広間では、半分開け放たれた窓から明るい光が差し込んできた。
途中でちぎれたカーテンが風にそよぎ、皿や銀器や果物が、昨夜の騒動のまま床に散乱していた。
「ご苦労であった。トレヴィル隊長」
オルレアン公はトレヴィル隊長と差し向かいに立っていた。
「ここに呼び出したのは他でもない。貴殿の配下の四名の銃士のことであるが……」
オルレアン公は大広間の惨状に目をやった。
「このとおり、昨晩私の舞踏会を滅茶苦茶にしてくれた挙句、招待客に大層な無礼を働いた。謀反人を追うのは結構だが、これはどうしてくれるのだろうな。これから陛下のもとに行き、四名の除名を願い出るつもりだ」
「お言葉ですが、殿下」
トレヴィルは口を開いた。
「アトス、ポルトス、アラミス、ダルタニャンの四名は、昨夜砒素の密売人たちを逮捕いたしました。売人たちは殿下の舞踏会の場を利用して取引をしていただけのことで、もちろん殿下とは無関係のこと……ですが」
トレヴィルは言葉を強めた。
「これから尋問を受ければ、彼らの口からどのような協力者の名前が出て来るかは知りません。その中には、当然先月のリシュリュー暗殺未遂事件の下手人や、また、彼らと接触のあった人間の名前についてだけでなく……」
トレヴィルの目がきらりと光った。
「どのような人物がどのような動機で、彼らを保護していたかということについても……」
「はっはっはっ」
しばらくの沈黙の後、オルレアン公はこわばった声で笑い出した。
「手柄をたてた銃士を罷免すれば、逆に要らぬ憶測を呼ぶことになりましょうな。いずにせよ罪人たちの身柄は現在我々の元にあるわけですから」
「……なるほど。噂通りの切れ者だ。トレヴィル」
「殿下のお立場を考えればこそです」
トレヴィルは帽子をかぶった。
「では、失礼いたします」

雲一つない青空に、日が高く昇り始めた。
ポン・ヌフの両脇には見物の人々がつめかけ、左岸側からは護衛隊の赤い制服が、右岸側からは銃士隊の青い制服が一定間隔をおいて配置についていた。
「来たぞ!行列だ」
ふと、銅鑼の音が鳴り響き、金色のまばゆい行列が、左岸側から橋の上に姿を現した。
使節団の一行は、白い服に浅黒い肌、金の首輪と腕輪をつけ、パリの民衆の前で愛想を振りまきながら二列で歩いて行った。
先頭には、国王への献上品の入った白檀の細工のある輿をかつぎ、その後ろから金の房飾りをつけた巨大な像が二頭続く。
「おお、象だ!象がいるぞ」
「マルコ・ポーロの言っていた黄金の国には象がいるって本当だったんだ」
「へええ、みんな平たい顔してるなあ」
パリの人々は口々に騒ぎ立てた。


そのとき、右岸側の群衆の間にちょっとした騒ぎが起こった。
蹄の音が響き、埃まみれのダルタニャンとロシナンテが、人々をかきわけ橋のふもとに滑り込んだ。
「今すぐポン・ヌフから離れろ!!爆発するぞ!」
ダルタニャンは馬から降りて力の限り叫んだ。
「へっ?」
「橋に爆薬が仕掛けられているんだ!行列を止めてくれ!!」
「もう……渡っちゃってるぞ」
ポルトスが答えた。
「爆薬?」
行列は止まった。
人々は蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。
「正午になったら爆発する!橋から出ろ!!」
橋の上は大混乱に包まれた。
「皆さん、橋に近づかないでください!」
群衆は押し合いへし合いしながら、両岸に避難し、
ドーフィーヌ通りを行き来する馬車が次々に止まり始めた。
「象は?」
ダルタニャンは辺りを見回した。
「あそこにいる!」
人々が指さす方を眺めやると、橋の中央の小広場に二頭の象が取り残されていた。
「パオーン!」
「パオオーン!」
象たちは異変に気づくと、前足を上げて暴れはじめた。
長い鼻がアンリ四世騎馬像をかすめ、橋は振動でゆらゆらと揺れた。
「象を押さえるんだ!」
ポルトスとアラミスが象に駆け寄ると、残りの銃士たちもそれに続く。
「おい、ジュサック。橋の真ん中はどっちの持ち場だ?」
左岸からそれを見ていたロシュフォールが尋ねた。
「あ、それ、決めてませんでした」
「いいから、象をとめろ!」
二人は橋の中央に駆け寄った。
ノートルダム寺院が正午の鐘を打ちはじめた。

「おや、何が起こったんでしょう?」
ルーブル宮殿の謁見の間から、異変に気づいたリシュリューは窓を覗きこんだ。
「見よ。リシュリュー。銃士隊と護衛隊が力を合わせているぞ」
青い制服と赤い制服が入り乱れて、橋の中央で暴れる象を押さえている様子を、ルイ十三世は満足そうに眺めた。

続く鐘の音がもうひとつ鳴った。
「ダルタニャン、爆薬はどこに仕掛けられているんだ?どこにもないぞ」
河岸に下りたアトスは橋げたをひとつひとつ確認して叫んだ。
「鐘が鳴り終わるまで待った方がいい」
掴んだ象の鼻に半分振り回されながらアラミスが叫んだ。
「駄目だ。こっちはもう限界……」
ポルトスの巨体はひきずられながらもう一頭の象を正面から押しとどめていた。
またひとつ鐘の音が鳴った。
「まさか、空から爆弾が飛んでくるとか」
象の後ろ脚にしがみつきながらジュサックはつぶやいた。
「おい、お前たち。逃げないのか」
もう片方の後ろ脚を抱え込んだロシュフォールが言った。
「そっちこそ」
アラミスは答えた。

そのとき、上流から小さな洗濯船が音もなく近づいてきた。
「あれ、盗まれた洗濯船よ!」
群衆の中から進み出たマルトが指をさした。
「洗濯船……?」
ダルタニャンは船を凝視した。
「……そうか。来るんだ!ロシナンテ!」
「ヒヒーン!」
ダルタニャンとロシナンテは河岸を駆け下り、セーヌ川に飛び込んだ。
そのまま泳いで洗濯船に近づくと、その縁によじ登る。
船の上では、漕ぎ手の男がダルタニャンに気づくと、、櫂を振り上げ打ちつけた。
「痛てっ」
船底に転がったダルタニャンの鼻先に、導火線が伸びていて、そこから小さな炎がくすぶりながら、船の中に積まれた爆薬まで進んで行きつつあった。
ダルタニャンは、体勢を立て直すと、助走をつけて渾身の体当たりを男にくらわせた。
男は川に転がり落ちた。
船はそのままポン・ヌフの橋げたに近づいて行った。
「頼むぞ。ロシナンテ!」
ダルタニャンは船の片方の縁に重心をかけると、小さな船は傾きはじめ、積まれた爆薬が斜めの船底を転がった。
川の中にもぐったロシナンテが後ろ足でもう反対側の縁を底から蹴りあげた。
鐘の音がもうひとつ鳴った。
洗濯船は橋げたの下に見えなくなった。

正午を告げる最後の鐘の音が鳴り響いた。
しばらくすると橋げたの下から、転覆した船が浮かび上がり、
その縁にしがみついたダルタニャンとロシナンテの姿が現れた。
固唾をのんで両岸で見守っていた人々の間から、安堵の声がもれ、
やがて拍手が鳴り響いた。
「やったぞ―!」
「いいぞ!いいぞ!」
人々は帽子を投げ、口笛を鳴らした。

「ふう、良かった―」
橋の上でポルトスは額の汗をぬぐった。
「なかなか勇気があるじゃないか。ロシュフォール」
アラミスはロシュフォールを呼び止めた。
「べ、別に協力したわけじゃないからな。任務だからだ。いくぞジュサック!」
ロシュフォール伯爵は捨て台詞を残すと、橋の上を戻って行った。


そのとき、右岸側に避難していたシャム王国の使節団の中から
若い男が人ごみをかきわけ飛び出した。
「兄貴……?」
白い衣装をつけた浅黒い肌の若者は、見物人の中に混じっていた象使いの前で立ち止まった。
「兄貴……?兄貴じゃないか!?」
象使いも若者に気づいた。
「兄貴、覚えてる?僕だよ。弟のサミーだよ」
若者は象使いに近寄ると、その肩をつかんで揺すぶった。
「お前は、サミーか?」
「僕も象使いになってパリに来たんだ。会いたかったよ……兄貴」
「本当かい?サミーかい……」
象使いの目から涙が流れ出た。
「あにきぃぃぃ!」
「サミー!」
象使いの兄弟はひしと抱き合った。



<続く>
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