銃士隊最悪の三日間〜ポン・ヌフを封鎖せよ!〜

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  モンマルトルの風車小屋  



夜のうちにわずかに降った小雨が石畳を黒く光らせ、
月は傾き、東の空がうっすらと青みをおびてきた。
夜明け間近の静寂をやぶるように、鉄の装飾の門扉がガチャリと開いた。
そして、二頭立ての馬車がリュクサンブール庭園の裏口から出て行った。
「さてと、奴らが動き出したか……」
ダルタニャンは、建物の角に身を隠しながら馬車を尾行しはじめた。
ボン・ザンファン通りの角まで来ると馬車は音を立てずに止まった。
オルレアン公のお仕着せを来た従僕が二人降りて、階段をあがっていく。
「仲間に会いにいくんだな」
ダルタニャンは、二人の従僕を尾行しながら、物音をたてずに階段を昇って行った。
二階まで来ると、辺りをうかがいながら半分開け放たれた扉から滑りこむ。
部屋に人はいなかった。
「ここは、ローザンの部屋じゃないか」
ダルタニャンはどこか見覚えのある同僚の持ち物を見回した。
部屋中ひっくり返したように散らかった中、ふと床の上に何かが広げられているのを発見した。
近づいてみると、それはカザックと呼ばれる青い銃士隊の制服で、その十字架の刺繍の中央に、
月の光に照らされた短剣が突き刺さっていた。

そのとき、通りに停まっていた馬車が鈍い音を立てて動き出した。
「しまった!!はめられたか!?」
ダルタニャンは転がり落ちるようにして階段を降りると、表に走り出た。
馬車の後ろ姿は朝もやにかき消されて見えなくなってしまった。


セーヌの川面から水蒸気がたちのぼり、ポン・ヌフの上の空気は濃霧のように白く濁っていた。。
右岸からザクッザクッと規則正しい長靴の足音が近づき、隊列を組んだ男たちがおぼろげに姿をあらわした。
青い制服の集団は、ポン・ヌフの中央の、アンリ四世の騎馬像のある小広場で止まった。
そのとき、対岸から赤い制服の男たちが隊列を組んで姿をあらわした。
二つの集団は、橋の中央で対峙した。

「そこをどけいっっ!銃士隊諸君!」
ロシュフォール伯爵は大勢の護衛隊士を背に大声で叫んだ。
「ポン・ヌフは我々護衛隊の持ち場だ!」
「勝手に決めるな!ロシュフォール。ポン・ヌフの警備は我々が行う!」
ポルトスは負けじと叫び返した。
「いくら使節団の行列が来るからって出しゃばるな!銃士隊。市内の警備はいつも護衛隊が行っている。さあ場所をあけろ!」ジュサックも叫んだ。
「昨夜密売人たちを捕えたのは我々銃士隊だぞ。リシュリューが狙われたというのに護衛隊は何をしたというんだ」
アラミスも言い返す。
「ううむ……」ジュサックは唇を噛んだ。
「待て。ならばお互い半分ずつ分担するのはどうだろう。いかがかな。ロシュフォール伯爵」
アトスは前に進み出た。
「全部といいたいところだが仕方あるまい」
ロシュフォールは髭を撫でながら続けた。
「ルーブル宮殿に近い右岸側を護衛隊が担当する」
「ちょっと待て。ロシュフォール!そっちの方が目立つじゃないか。右岸側は俺たちの持ち場だ!」
ポルトスが遺憾の意を示した。
「実力行使で決めてもいいぞ」ジュサックは強い声音で挑発した。
「この前の続きならここで決着をつけてやる!」
アラミスは手袋をはめたまま指を鳴らした。
「待て、アラミス。ならばこれで決めてはどうか」
アトスはアラミスを押しとどめると、ポケットからキラリと光る銀貨を取り出した。
「コイン投げだ」
「ふむ。さすが銃士隊の知恵袋と呼ばれるだけあるな」
ロシュフォールは腕を組んでうなずいた。
「……知恵者だ」アトスはすかさず訂正した。

「表が出れば右岸側を銃士隊、裏が出れば護衛隊とする」
一同輪になりながら固唾をのんで見守るなか、ロシュフォール伯爵が投げたコインは
キラキラ光りながら空に吸い込まれていった。
雲の切れ目から一条の光がさしこみ、ポン・ヌフの中央にある騎馬像を鮮やかに照らし出すと、
コインは鈴のような音を立てて着地した。
「おおおおぉぉぉぉぉぉおぉぉぉ……!!!」
橋の上がどよめいた。
「表だ!」
「表だぁぁぁぁ―!」
「銃士隊は右岸側をとる。これで文句なしだな、ロシュフォール!」
アラミスは振りかえりながら言うと、ロシュフォールは捨て台詞を吐いた。
「お、覚えてろ、三銃士!」
ロシュフォールは護衛隊士の冷たい視線を浴びながら、橋の上を戻って行った。


「ダルタニャン!ダルタニャン!」
サンドニ門付近まで来るとダルタニャンは辺りを見回した。
「わたしよ、わたし」
街角の一頭立ての馬車からコンスタンスが現れた。
「コンスタンス!」
「乗って!ダルタニャン」
ダルタニャンが隣に座るとコンスタンスが間髪を入れずに口を開いた。
「聞いて。密売人たちの拠点はモンマルトルの風車小屋にあるわ」
「何だって‥‥どうして君が?」
「ナナ・ベルナールさんと会ったわ」
「そうか、一緒に行こう」
ダルタニャンは馬のたずなを力いっぱい引いた。
「ダルタニャン、顔が白いけどどうしたの?」
「気のせいだよ」
ダルタニャンは袖口で顔をこすった。

いつの間にか雲は消え、パリでは珍しい晴天の日になった。
パリの民衆は、シャム王国の使節団を一目見ようと、ドーフィーヌ通り沿いにぞくぞく集まりつつあった。
「レバントのはるか東の王様のお使いだって」
「何でも黄金の国らしいよ」
「へええ。どんな恰好をしてるのかな」
「そこ、押さないで。あ、前に出ないくださいねー」
銃士たちは、橋の中央から右岸側の両脇に配置につきながら、ものものしくマスケット銃を縦に掲げていた。
「あれ、今日はルイとシャルルとアンリがいないぞ」
「昨日金の孔雀亭に皆で飯食いにいったら、牡蠣にあたっちゃったんだって」
「あんの親父……火の通し方が足りなかったんだな」
「まさか、今日もこの人数でやるの?」
「そういや、ダルタニャンは何処に行ったんだ?」
「さあ」
銃士たちは顔を見合わせた。


ぎいっと鈍い音をたてて、風車小屋の扉が開くと、
お仕着せを着た従僕二人が中に入ってきた。
「ローザン。お前か」
暗がりからひとりの男が立ちあがった。
長身でまっすぐな鳶色の髪の後ろをリボンで束ねていた。
「そうだ」
「パリに戻るのはどれだけ危険かわかっているのか。だが、これで最後だ」
従僕が床に金貨の袋を投げ落とした。
「手切れ金だ。これでフランスから出ろ。即刻消えるんだ」
「どういう意味だ?」
「昨日お前の仲間が捕まった。一網打尽さ。残るはお前ひとりだ」
「何故僕を助ける?」
「伯爵家から要請があった。オルレアン公の名前さえ出さなければ命は保障しよう」
「父上が……」
ローザンは軽蔑したように金貨の袋を眺めていたが、それを足で踏みつぶした。
「何だと……?」
「僕の行くところは自分で決める。指図はするな」
「アデュー。幸運を祈る」
従僕たちは戸口から消えた。

ひとり取り残されたローザンは、金貨の袋を拾おうと身をかがめた。
そのとき、扉が蹴破られて埃が舞い散る中、入ってきた男がいた。
「誰だ!?」
「銃士隊のダルタニャンだ!」
ダルタニャンは剣を抜いた。
「逮捕状が出ている。すぐに来てもらおう」
ローザンは両手を挙げた。
「行ってもいいが時間の無駄だ」
「なに?」
「無駄だよ。ダルタニャン。僕が連行されたところで、そのときには銃士隊は消えて無くなってる」
「どういうことだ?」
「ポン・ヌフに爆薬を仕掛けた。正午に爆発する。橋ごと君の仲間たちはこっぱみじんだ」
「ふざけるな」
「ふざけていない」
「見ろ」
ローザンは、机の上にあったガラス瓶をとりあげ、部屋の片隅に積んであった袋に向かって投げると
短銃の引き金を引いた。
小さな爆発が起こり、あたりは硝煙がたちこめた。
「ここには砒素だけでなく様々な薬品や火薬が集められている」
ローザンは振り返った。
「さあ、正午まであと一時間しかないぞ。みんなをとるか僕をとるか決めるんだな」
ダルタニャンはしばらくの沈黙の後口を開いた。「決めたぞ」
「両方とる!」
ダルタニャンは剣を抜くと、相手に飛び掛かっていった。
ローザンも短剣を出して応戦する。
そのとき、風車小屋の扉が開いた。
「ダルタニャン、今日こそはっきりさせようじゃないか。毎晩なにやって……」
ジャンとロシナンテが飛び込んできた。
「ジャン……大変よ!」コンスタンスが駆け寄る。
ジャンは肩掛けカバンの中をまさぐった。

追い詰められたローザンは、床にあった藁をダルタニャンに投げつけ、
梁の裏から裏へと身をかわした。
「待て!」
ダルタニャンは渾身の一撃をついたが、剣は梁につきささった。
ローザンはそのすきにダルタニャンを短剣でついた。床に転がりながら今度はダルタニャンが身をそらす。
「くらえ!」
ローザンがダルタニャンの足をつかんで、短剣を振り下ろした瞬間、
ロープに結わえられた砥石が顔面にゴツンと命中した。
「当たった!」
コンスタンスはジャンと一緒に飛び上がった。
「ローザン、逮捕だ!」梁から剣を引き抜くと、ダルタニャンは床の上に伸びている男に走り寄った。
「ダルタニャン、これ使って!」
コンスタンスは髪のリボンをほどくと、ローザンの両手首を縛り始めた。
「もっときつく縛らなきゃ駄目だよ」
ダルタニャンはコンスタンスの手を掴んで一緒に縛った。
「ダルタニャン、後のことはおいらたちにまかせて。ロシナンテを連れて来たよ!」
「そうよ。ダルタニャン、みんなに知らせに行って!」
「わかった、頼んだ」
ダルタニャンは口笛を吹くと、ロシナンテに飛び乗り、一路パリに向かって駆けだした。
「どうか、嘘であってくれ…。」
丘から眼下に広がるパリの街は晴れ渡っていた。

「動いたら刺しますよ」
梁にぐるぐる巻きに縛られたローザンの顔の前にコンスタンスは台所包丁を近づけた。
「お前なんかに俺が刺せると思うか」
ローザンはコンスタンスを睨みつけた。
「ナナ・ベルナールさんに会ったわ」
「逃げたんじゃなかったのか!?」ローザンの顔色が変わった。
「今ポール・ロワイヤルの修道院にいる」
「どうして逃げなかったんだ。そうか、ナナがここをしゃべったんだな!そうだろ」
「たぶん…本気だったのよ」
「えっ?」
「あなたのこと、赦している」
コンスタンスはつぶやいた。
「そうか…」
ローザンはがっくりと頭を垂れた。


<続く>





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