銃士隊最悪の三日間〜ポン・ヌフを封鎖せよ!〜

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  バスコムを追え  


ルーブル宮殿の国王の謁見室では、
ルイ十三世と宰相リシュリューが立ったまま向かいあっていた。
「ところで陛下、明後日シャム王国の使節団がパリに到着いたします」
「ほう」
「ソンタム王からこのたびの友好の証として、陛下に象二頭を献上するとのことです」
「それは見ものであるな」
ルイ十三世は髭を撫でた。
「一行は、サン・ジャック門からパリに入ります。いかがでしょう。正午ちょうどに使節団の行列がポン・ヌフを渡るようにいたします。陛下はこの部屋にいらっしゃるまま、窓から行列をご覧いただけるでしょう」
リシュリューは、窓の外を見やった。
セーヌ川に軍艦のように浮かぶシテ島の先端をつなぎとめるかのように、ポン・ヌフの白い橋げたが幾重にもアーチを描いていた。
「なるほど、それは良い趣向だ。楽しみにしておるぞ」
「当日パリの民衆たちも沿道につめかけることでしょう。警備は我が護衛隊におまかせくださいませ」リシュリューは間髪をいれずに言った。
「恐れながら陛下。そのようなお役目こそ、我が陛下の銃士隊にお命じくださいませ」
横にいたトレヴィルも負けじと進み出た。
「よろしい。このたびの警備は銃士隊と護衛隊双方にまかせる。ベル・イールのときのように力を合わせて仲良くやるのだぞ。いいな」
「はは、了解しました」
リシュリューとトレヴィルは同時に頭を下げた。


「おーいアトス!」
セーヌ左岸の道を歩きながら、ポルトスとアラミスは、向こうから近づいてくるアトスに合流した。
「僕たちはローザンの家に行ってみた。中は荒れ果てていて、慌てて外出したような形跡だった」
「そうか。やっぱり彼も噛んでいるな」
アトスは腕を組んだ。
三人は河岸の道を歩き始める。
太陽が西に傾き、空は橙色に染まり始めた。
「アトス、ところで昨日君は非番だったろう。今日の夜番やってくれないか。人手がいないんだ」
アラミスはアトスに向き直った。
「悪いが、僕はセザールの家の薬品を全部運び出すようにトレヴィル隊長から命令されている。終わったら行くよ」
「なんなら俺が夜番をやるよ」ポルトスが申し出た。
「すまない。ポルトス」
「その代わりといっては何だが、これから一緒に夕飯を付き合え。昨日行きそびれた金の孔雀亭だ」
ポルトスはアトスとアラミスをほぼ強引にひっぱるようにして、
金の孔雀の看板の下がった料理屋の前に来た。
「やあ、おやっさん!」
料理屋の前から亭主が出てきた。
「おや、銃士の皆さん。今日は悪いけど貸切りなんだ」
「貸切り?」
「シャトレの看守長のベーズモーが、今度バスチーユに異動になるっていうんで、看守たちがお別れ会を開いてるんだ。すまないが別の日にまた来てくれないか」
「お別れ会?」
「何だって!?俺たちに食わせる飯はないってのか?」ポルトスは声を荒げた。
「いやあ、こっちだって困ってるんだよ。何せみんな日頃、監獄勤めでうっぷんがたまっているみたいでさ。飲めや唄えやのどんちゃん騒ぎ。椅子やテーブルは壊すしもう……」
そのとき奥から、酔いつぶれた男たちが騒ぎ出した。
「おーい亭主!酒はないのか〜酒は!!もっと持って来い〜!!」
「仕方がない別の日に出直そう」

三人が向きをくるりと変えると、そこには赤い制服を来た護衛隊の一団が立っていた。
「おや三銃士じゃないか。ここで会うとは」
ジュサックが憎々しげに言った。
「ちょっと聞いてもらいたいことがある。うちの護衛隊士がおたくの銃士に絡まれて怪我をした」
ジュサックが顎をしゃくると、もみあげの長い髪型の護衛隊士が前に進み出た。
腕に包帯を巻いている。
「酒に酔った挙句俺の女に手を出したんだ。あの野郎」
「ローザンという男だ。知ってるか?悪いが君たちにここでそのお返しをさせてもらう」
ジュサックは指をパチンと鳴らすと、護衛隊士たちは剣を抜いた。
「こっちだってあの男には手を焼いてるんだ!」アラミスはいらいらしながら詰め寄った。
「待て。アラミス。ここで騒ぎを起こさない方がいい」
アトスはそれを押しとどめる。
「腹が減っているときは俺だって気が立ってるんだ。おい。やっちまおうぜ、アラミス!」
「ようし、やってやる!」
ポルトスとアラミスは腕をまくり上げた。
道端で乱闘騒ぎが始まった。

リュクサンブール庭園の片隅にある小さな城館では、蜜蝋の火が灯りはじめた。
オルレアン公の所有するこじんまりとしたこの離宮は、ルネサンス様式のいかめしい母后の宮殿の向かい側に立っていた。
半ば開け放たれたどの窓からも庭園が見え、そこでは、ライオンの頭の泉が、血のように赤いぶどう酒を吐き出していた。
「あの、銃士隊のダルタニャンです。ちょっと入らせてもらいます」
ダルタニャンは制服を指で差し示しながら、給仕の間を縫うように歩いていた。

「こんなに人がいるから誰が売人だかわからないや」
ダルタニャンは人がさんざめく廊下を歩きながら
きょろきょろあたりを見回した。
「……!」そのとき、ダルタニャンは見知った人間とすれ違ったような気がした。
ダルタニャンはゆっくりと振りかえると、廊下の突き当たりに髭の生えた男が立っていた。
「あれは…バスコム!?」
男もゆっくりと振りかえるとダルタニャンを認めた。
ダルタニャンは急に走り出した。
男も廊下を全速力で駆けていく。
「そうだ。バスコムだ!ブルゴーニュ座でもすれちがった。あいつ子供だけじゃなくて毒まで売っていたのか!」
バスコムは階段を一目散に駆けおりる。ダルタニャンもそれを追う。
廊下の角で、着飾った貴婦人と頭から正面衝突した。
「あ、すみません。失礼!」
大広間の人ごみを掻き分け、ダルタニャンは走った。
「きゃあ!」
「君、何をする!」
給仕や貴婦人たちにぶつかりもんどりうちながら、大広間はちょっとした騒ぎになった。
バスコムは庭園に見えなくなった。
「しまった……!」
ダルタニャンは迷路のように刈り込まれた植え込みの中を走って行った。
そのとき、植え込みから頭ひとつ抜き出たバスコムが、庭園の外の通りに走り出ていくのが見えた。
そのまま細い路地をいちもくさんに駆けていく。
ダルタニャンも全速力で追いかける。
バスコムが路地の角を曲がると視界が開け、その先の
セーヌ左岸の道の上では、護衛隊と銃士隊の制服の一団がもみ合っていた。
「おーい!アトス、アラミス、ポルトス!その男を捕まえてくれ―!」
ダルタニャンは走りながら、道の先で乱闘騒ぎを起こしている三銃士に声をかけた。
「ダルタニャン!」アトスは手をとめた。
「おい、そうはさせるものか!」隣のジュサックが憎々しげに叫んだ。
「銃士隊の手柄にするな!妨害しろ!」
駆けていくダルタニャンの前に、護衛隊士が壁のように立ちはだかった。
ジュサックもここぞとばかり、後ろからダルタニャンにタックルをくらわせた。
「あ、足を引っ張るな―!」
ジュサックに後ろから羽交い絞めにされて、ダルタニャンは地面に手をついた。
逃げていくバスコムの後姿が遠くなった。
「ち、ちくしょうー!」
ダルタニャンは舌を噛んだ。

<続く>
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