人物考察スペシャル

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  3.アトス  



まず、原作アトスの言動を一貫して構築しているのは、
封建領主であることのアイデンティティーだと思います。
本来の封建領主とは、贅沢な生活をする代わりに、
領民を守るという義務があったんですね。
アトスは、また、封建領主がよって立つところの、つまり土地を冊封していた王家に忠誠を誓うことが、自分たちの義務であるということも理解していた人物でした。
中世の封建制度は、契約によって成され双方向的なものだったらしく、
よって国王は、契約を結んだ取引相手みたいなもので、
このあたりは、王権を固く信じながら、フロンド派となったり、ルイ十四世に異議申し立てをした、彼の行動からもうかがえます。
つまり、自分達を成り立たせているシステムを信じて、その道理の通りに行動していただけなんですね。
ところが、時代は封建領主の権益を取り上げて、絶対王政へまっしぐらに向かってきます。
国王は直轄の徴税請負人を置き、直接国土を支配しようとし、常備軍を増強します。
古くからの封建領主であるアトスと、国王の直属軍の頭をつとめるダルタニャンとでは、政治的な立場が違ってしまうのも無理もないことだと思います。


そしてまた、原作アトスは、
幼くして父に死に別れたデュマが、ありったけのファンタジーをつめこんだ、
完全なる父親の理想像。
ときには、アトスとラウルの関係が、親子愛を通り越して、疑似恋人状態になるのを、
日本人の私には、ちょっと理解しがたいものもちょっとありました。

そんな原作アトスに女性ファンが多いのも納得です。
何せ、最初の登場時から、偽名の裏に大貴族の御曹司、自分を慕う弟分には面倒見が良い兄貴である反面、過去に女で失敗した傷を持っていて、それを酒とギャ ンブルで現実逃避している……その、道を踏み外したお坊ちゃんが、何が起こったのか、二十年後には、マメったく子供の世話を焼く「イクメン」に変貌しています。
これら一連のギャップが乙女のトキメキを誘うのも無理もないこと。
人間、ギャップに弱いものなんです。

そう、キャンディ・キャンディで例えるのなら、若いころはテリー、中年以降はアルバートさんのいいとこどりをしたような存在、といえるのかも。
例えが古いかしら……。



ところが、アニメ制作陣は、原作アトスに込められた女性ファンの願望をまるっと無視してくれていて、この人物を掘り下げてはくれませんでした。
視聴率伸びたかもしれないのに…。

イタリア語版を見たときの第一印象は、周りのラテンの血の濃いメンツに囲まれて、

ひとりだけ「ニッポンのサムライ」がいる。

という印象でした。
だって、鼻低いし、直毛だし……。
まあ、要所要所で、頭のキレを理屈で見せてくれるものの、頭脳担当の人という、ひとつの類型に収まってしまったような感じでした。

ただ、どんなに致命傷を受けようとも、どんなに激しい戦闘の中でも
アタックで漂白して、プレスして、場面ごとに履き替えてくるような

いつも真っ白い彼のソックス……。


そこに、お貴族さまの心意気を感じました。
まあ、そんなことは置いといて。

原作アトスは、高潔な最後の騎士であり、
男にとっての理想の父親像であったのかもしれませんが、
もはや乙女を通り越した年齢になった私には、
もう、頑なで不器用すぎて、逆に母性本能をくすぐられる
存在のように思えます。

聡明で信念に忠実であるようでいて、
実際は、矛盾と突っ込みどころに満ちた人物だと思います。

【ここが変だよ!アトス君】
第一部
若きミレディーに一目惚れ、イケイケ押せ押せで女を手に入れる→しかし百合の花の烙印 を見てからは、態度が豹変。領主の権限で吊るし上げてしまう→愛する女の罪を責めずに、女を責めた→つまりそれは本当の愛ではなかったのに、女を見抜けな かった自分の過ちを悔やみ→悔やみどころのピントが違うよ→しかし、詰めが甘く女は生きていた→それが悪女ミレディーのはじまり。

第二部
マリー・ミシヨン旅先の一夜の顛末を、回りくどく4頁にもわたって他人ごとのように説明。15歳になったときに初めて母子をひきあわせた→もっと早い時期に「あれは一夜の過ちだったけど、この子は貴女との愛の結晶です」とか単刀直入に言っちゃあダメだったのか?
同じく、サン・ドニ大聖堂で旅立ちの日、自分の父の剣を与えるのに、ラウルに「伯爵様」「恩人」とよそよそしく呼ばせたまま……。
つまり女と子供には容易に心を開かない人なんだと思います。

第三部
ルイーズはお前にふさわしくないと言ってラウルの結婚に反対→その後ルイの横恋慕でルイーズが心変わり→だからふさわしくないと言った通りなのに、傷心の ラウルを見てルイに意見しに行く→だけどルイーズはもう心変わりしているんだってば→ルイの逆鱗に触れ、アトスは剣を折って領地に引っこむ→ラウルはアフ リカに行く決心をする→親なら止めようよ→ラウル戦死
親子そろって、破滅型なんですね。

生きる上で譲れない筋があるということは
別の言葉で、

美学

ともいうんでしょうけど、
乙女の頃はその美しさに酔えたものですけど
この歳で読み返してみると、
とくに第三部のアトスは、美しさの方に流されていっている感じで
現実感をともなってないようにも見えるんです。
汚れた大人になったもんだわ……。

二次創作を書くときは
アニメのアトスはあまりにも書き込みが少ないので、いろいろと勝手に肉付けしています。
純粋培養で育ったところがあるから、世の中の汚濁に対して、
理想が強すぎるのだと思います。また、育ちの良い人間というのは、どこか余裕があって、仲間を純粋に信じたりすることができるのですね。

「十年後!」を書くにあたっては、
あの堅物な男が、マリー・ミシヨンのわかりやすい誘惑に理性がふっとび、揺り籠に乗せて届けられた 我が子を見た途端、育児パパに豹変……という、ありえなさそうな話を書いてみたいと思っていました。でも、フロンド派にくみする事、そしてチャールズ一世 を救出することへの彼なりの信念はちゃんと書きたいと思いました。
あと、チャールズ一世処刑間際に妻子への伝言を預かったことをきっかけにして、女子供に対して心を開いていった、原作にはない過程もちょっと書いてみたかったのです。

うん、「十年後!」は言ってみれば
原作アトス改造計画みたいなものですから……。

あと、あのお醤油顔で、大工さんの変装をして
「ヘ〜イ! カモン、エブリバディ〜!」
とか英語をしゃべってる姿を見てみたかったというのもあります。
おそらく、私だけですけど……。

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