十年後!

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  第22話 サン・タントワーヌ城門外の戦い  


タンプル門外の広場にジャンが到着したころには、既に民衆たちと守備兵との衝突は始まっていた
「はだしのジャン!どこに行ってたんだ!」
「兄弟。早まるな!待ってくれ」
ジャンはバリケードの中に入っていきながら声を張り上げた。
「だが、もう戦闘は始まっているんだ!」
そのとき、パリの東の方角のかなたから砲声が轟き、黒煙があがった。
「サン・タントワーヌ・デュシャンの方角だ!」
「さっき、ボーフォール公の軍勢がコンデ大公の主力をおびきよせたんだ。ついに正面衝突したか。」
「サン・ドニ門でも、サン・トノレ門でも小競り合いが起こっている。兄弟。ぐずぐずしていると
大公軍に突入されるぞ」
「わかった。おいらたちも持ちこたえよう」
ジャンは投石器に石を込めた。

「隊長!どこに行っていたんですか!」
ダルタニャンが銃士隊の野営地に戻ると、サンドラスが駆け寄ってきた。
「皆心配してたんですよ。」
「わかった。僕は大丈夫だ。これからコンデ大公の主力に合流する。ピュイック方面に進撃だ!」
ダルタニャンは馬のたずなを引いた。
「ギャロップで進め!」
ダルタニャン、ポルトス、サンドラスを先頭に、青い銃士隊の制服の騎兵隊はいっせいに西に向かって街道を進んだ。

ピュイックの集落が眼下に見えてきたころから、街道を数十騎の小隊が駆け上がって来るのが見えた。
小隊は銃士隊の制服を認めると一斉に銃を発射した。
「敵だ!突撃しろ!」
銃弾の合間を縫って駆けていくと、敵の小隊の首領が仁王立ちになっているのが見えた。
「ダルタニャン…!ここで会ったが百年目」
「お前は、ロシュフォール!」
ダルタニャンは剣を抜いた。ロシュフォールも剣を抜き、騎馬上で激しくぶつかりあった。
「ここは通さぬ!」
「通って見せる!」
二つの軍勢は入り乱れて、乱戦の状態を呈していた。
ポルトスがひとりで、二人の騎馬を剣と拳骨で吹き飛ばした。ダルタニャンの剣が、ロシュフォールの軍馬に刺さると、ロシュフォールは馬から降りた。続いてダルタニャンも馬から降りる。
道端で再び丁々発止が始まった。
ローシュフォールは肩で息をしながら、ダルタニャンの剣を受けたが、次第に足元がふらつきはじめた。
ダルタニャンは最後のとどめで、ロシュフォールの剣を払った。
「ロシュフォール!観念して道を開けろ」
ロシュフォールの軍勢は散り散りになって、銃士隊に道を開けた。
「ふん。相変わらずの青二才め。われわれは陽動隊だ。主力は逆方向だ」
ロシュフォールは唇の端を歪めて笑った。

サン・タントワーヌ門をはさんで、セーヌ川の対岸の岸辺の公爵夫人のもとに、埃だらけのアラミスがやってきた。髪の毛はばらばらになり、マントの端はちぎれていた。
「公爵夫人。至急退避ください。我々の軍勢は押されています!」
「いやです。ここを動くものですか!」公爵夫人は毅然として答えた。
「コンデ大公軍に先ほど銃士隊が合流して、ボーフォール公の主力はサン・タントワーヌ・デュシャンから退却中です」
「ラ・フェール伯爵は?」
「つい今しがた、退却路を確保するために、サン・タントワーヌ城門に数十騎を率いて行きました」
「駄目です!ここから見えるでしょう。バスティーユの大砲が城門外に向けられています。あそこに逃げたら袋のネズミです!」
「城内に逃げ込めば…。」
「見えませんか。デルブレー!城門は閉ざされています!」公爵夫人は金切り声をあげた。
「一体誰が…。」アラミスの顔から血の気が引いた。
「マザランの配下か、裏切者でしょう」シュヴルーズ公爵夫人はアラミスの方に向き直った。「デルブレー!」
「城門を内側から開けることはできますか?」
「アルセナール方面から突入すれば……」
「バスチーユの砲台を占拠することはできますか?」
「市内の自警団と合流すれば……」
「なら行くのです! 私をここにひとり残して。残りの手勢を一人残らず率いて行って!」
「ひとり残して?」アラミスは尋ねた。
「ええ。今こそわかるでしょう。トレヴィル殿が何故あなたを銃士隊に入れたか」
アラミスはそれには答えずに、黙ったまま馬に拍車を入れた。シュヴルーズ公爵夫人の警護に当たっていた騎兵たちはひとりのこらず、アラミスの後に従い馬を駆けだした。
公爵夫人はその場にひとり残されると、跪いて静かに祈り始めた。

セーヌ川の支流に沿って馬を走らせ、アルセナールの建物が対岸に見えてきたとき、アラミスの一隊は止まった。
「ここなら流れは浅い。ここからセーヌ川を渡って駆け上がる。続け!」
「ま、まさか、セーヌ川を馬で渡る?」騎兵たちの間に動揺が走った。
アラミスはそれに答えずに、セーヌ川の土手を駆け下りると馬首を川の流れに突っ込ませた。
騎兵たちもしぶしぶそれに続く。
バスチーユ要塞の守備兵たちが、逆方向の対岸から川を渡ってくる新たな敵に気が付くと、砲口を一斉にこちらに向けた。
「砲門が開く前に川を渡りきる。急げ!」
アラミスの馬は足をよろつかせながら対岸にたどりついた。途中三騎が川の中で脱落していた。
開いた砲門から白い煙が上っていた。次々に振って来る砲弾の中を、最後の八騎は川の土手を駆けてあがった。

城類の陰から、バスティーユの守備兵が銃を構えているのが見えた。アラミスはそのままマスケット銃の狙いを定めた。
そのとき、鈍い音がして馬に銃弾があたり、そのままアラミスは馬と一緒に石畳に倒れ込む。すぐに起き上がりマスケット銃を担いで駆けだした。
逆方面に向けられたバスチーユの砲声が轟いている。アトスの別動隊が城門外で狙われているのだ。もう時間はない。
バスチーユ前広場では、守備兵たちが城門から広場に向かって民衆たちに発砲を開始していた。
広場のバリケードを、容赦なくバスチーユの屋上からの砲弾が狙い、辺りは火の手に包まれ始めた。
「近づいて内側から門を爆破する!」
数少なくなった兵士たちと共に、手りゅう弾を投げつけなら、煙の中を城門に近づいて行った。
そのとき、広場の煙の中から、二人の人影が姿をあらわした。
「アラミス!ここにいたのか!」
「ロシュフォール!ジャン!」
囮としてダルタニャンから逃れたロシュフォール伯爵と、、タンプル門方面から合流したジャンが広場の煙のなかから現れた。
「急いで城門を開ける。さもないと、アトスやボーフォール公たちは全滅だ!時間がない」アラミスは叫んだ。
「わかった。俺はありったっけの火薬を集めて、バスチーユの入口を狙い守備兵たちをひきつける」ロシュフォールは答えた。
「大砲ならタンプル門からおいらたちが運んできた。これをぶっぱなせばいい」ジャンは短く答えた。
「城門付近の守備兵たちは僕たちにまかせろ。その間にジャンは爆薬を仕掛けてくれ」アラミスは手短に言った。
「了解!」ジャンは威勢よく答える。
「やってやるぜ。兄弟!」ロシュフォールはにやりと笑った。
アラミスはジャンが持ってきた大砲に弾をこめて自ら火をつけた。
「撃て!」
砲門が一斉に火を噴いた。門の内側を固めていた守備兵たちはちりぢりになった。
「突撃開始!」
剣を抜くと守備兵たちに斬りかかっていった。しばらく、セーヌ川を馬で渡った兵士たちの生き残りと、門前の守備兵たちとの剣による必死の応戦が続く。
「爆薬をしかけた。危ない!みんな伏せて!」
ジャンは導火線に火をつけた。
そのとき、轟音が鳴り響き、城門の一部が木端微塵に吹き飛んだ。
硝煙が辺り一帯にたちのぼる。

煙が徐々におさまってくると、貫通した城門の穴の隙間から、埃まみれの騎兵が数騎顔を出し、広場に入ってきた。
「本隊が戻ってきた!」広場の人々は歓声をあげた。
負傷者を担いでいるもの、血しぶきをあびたもの、数百の騎兵と歩兵たちが続々と退却してくる。
「兄弟、生きていたのか!」人々は広場で抱き合って喜んでいた。
「退却を援護しろ!」アラミスは武器を持った人々に呼びかけた。

そのとき、バスチーユ要塞の上で煙がたちのぼり、銃撃戦の音が聞こえてきた。
「やった!ロシュフォールが砲台を占拠した!」
広場は、サン・タントワーヌ・デシャンから退却してきた、フロンド派の軍勢で埋め尽くされた。
最後に広場に入ってきたアトスが叫んだ。
「敵は追撃してくる!大砲を前に出すんだ!」

バスチーユ要塞の屋上では、市民たちの自警団と一緒に砲台を奪回した
ロシュフォール伯爵が戦況を見下していた。
ボーフォール公の主力軍が全て城門内に退却を終えると、それを追ってコンデ大公軍の前衛が姿を現した。
青い十字の制服、銃士隊が全速力で騎馬で駆けてくる。
「ダルタニャン…今度こそ覚悟しろ!」ロシュフォールはつぶやくと、砲弾を込めた。
「撃て!あの青い制服を蹴散らすのだ!」
狙いを定めた大砲は次々に火を噴いた。

「隊長!砲弾の勢いがひどすぎてこれ以上前進できません!」
ダルタニャンたちの一隊は、バスチーユ要塞からの一斉砲撃の前に、一瞬たじろいだ。
「ひるむな!突っ込め!」
さらに馬を進めていくと、サン・タントワーヌ城門の前に砲台が並んでいるのが見えた。
砲台の傍らにいるのはジャン…。
「ダルタニャン、ごめんよ」
ジャンは目を閉じて大砲に火をつけた。
轟音とともに大砲は次々に火を放つ。
バスチーユの上からの砲撃に加え、進撃方向からの砲撃を受け、ダルタニャンは馬のたずなをひいた。
「みんな、退却する!」
「へっ?」
「ダルタニャン、やろうぜ。俺たちなら突破できるぜ!」
隣のポルトスがささやいた。
「駄目だ!僕たちがここで民衆と死闘を繰り広げても意味はない」
ダルタニャンは手短に行って馬の向きを変えた。
「退却だ!」
青い銃士隊の制服の一隊は一斉に向きをかえ、退却を開始した。

「銃士隊が退却した!」
「俺たちはパリを守ったんだ!」
「兄弟、やったぞ!」
バスティーユ広場の民衆は一斉に抱き合いながら、しばし歓喜の声に包まれていた。



第22話 終わり


fig. サン・タントワーヌ城門外の戦い(背後に見えるのがバスチーユ) http://en.wikipedia.org/wiki/File:Episode_of_the_Fronde_at_the_Faubourg_Saint-Antoine_by_the_Walls_of_the_Bastille.png
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