十年後!

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  第15話 四人の友  


雨がやむと、宿営地には白い陽が差し込み、霧が出てきた。
「しっ誰もいない」ポルトスが入口を見張った。
後ろ手にしばられたアトスとアラミスを天幕の中に入れると、ダルタニャンは、素早い手つきで縄を切った。
「ダルタニャン、ポルトス!」アラミスは懐かしそうな声をあげた。
「それよりも君たち、どうしてここに?」アトスは落ち着きはらって尋ねた。
「それは僕たちの質問だ。アトス」
ダルタニャンは躊躇しながら言った。
「ルーブル宮殿で亡命生活をされているアンリエット王妃と皇太子に懇願された」アトスは手短に言った。
「無茶すぎるよ。アトス。イギリス人だって見放しているものを、どうしてフランス人である君たちがそんなに一生懸命に助ける必要がないじゃないか!」
「貴族だからだ」アトスは言った。「貴族が王を否定したら自分たちの存在を否定することになる」
「だが、アトス。」ダルタニャンは言った。「これは全く勝算のない戦いだよ」
「では、ダルタニャン。フランスで銃士隊長である君が、国王を侮蔑し平気で売り渡すような連中の味方をどうしてするんだ?」
アトスはやり返す。
「僕たちは、マザランの命令で、クロムウェル将軍に親書を持ってきただけなんだ。軍人ならば、加わってみないかと言われて、戦いに参列しただけだよ。チャールズ国王の傍らにフランスの貴族がいるということは聞いていたけど、なんとなく胸騒ぎがしたんだ」
「アトス、アラミス、今度のことで僕は思ったんだが…」ダルタニャンは言葉を続けた。
「こうして二派に分かれていると、僕たちは四人とも破滅しちまうぜ…」
「そうだよ。僕たちのイギリスでの用事はもう済んだからさ。一緒にフランスに戻ろうよ。」ポルトスは明るく言った。
「だから? 仮にここを脱出できたとしても、まだ国王は囚われのままだ。それを救い出さない限りはフランスには戻れない」
アトスは言い張る。
「君たちの任務を邪魔立てするつもりはない。君たち二人だけでもいいからフランスに戻りたまえ」アラミスも続ける。
「君たちを残しては帰れるわけないじゃないか」
ダルタニャンは答えた。
そのとき、天幕の入口が空いて、若い男が入ってきた。灰色の長い修道服を着ている。モードントだった。
アトスとアラミスは慌てて、後ろ手のまま部屋の奥に身を隠した。

「捕虜をよこしたまえ」
五人の部下を率いたモードントは、立ちふさがったダルタニャンとポルトスに横柄な口調で言った。
「チャールズはロンドンで裁判にかけられる。この二人も同罪だ」
モードントの部下が後ろ手のまま二人をひったてようとしたのを、ダルタニャンが止めた。
「何をいうんです。この二人はフランス人ですから、フランスの法律で裁かれるのは当然じゃないですか」
ダルタニャンはポケットから一通の書状を出した。
「フランスの宰相マザラン枢機卿のサインのある逮捕状です。身元は承知しています。ラ・フェール伯爵とデルブレー卿。高等法官の逃亡に手を貸した罪です」
「ここはイギリスで、今はクロムウェル将軍の捕虜だ。捕虜の処遇は将軍が決める」
モードントはいらいらしながら言った。
「僕がマザラン宰相から全権を委任された大使だということもお忘れなく」
ダルタニャンはモードントの憤りを前にしゃあしゃあと答えた。
「僕だってこの二人を逮捕するのに、パリ中を駆け回ってんだ。今更イギリス人なんかにひきわたせるかと思うのも当然じゃないですか」
「わかった」モードントは言った。
「クロムウェル将軍直筆の命令書を持って来よう。そうすれば、いいだろう」
モードントは踵を返して、天幕から出て行った。


「これで決心がついたよ。」振り返ったダルタニャンは言った。
「アトス、アラミスと一緒にここを脱出して、僕もイギリスでもうひと暴れする。いいなポルトス!」
「そうきたか。もちろんだ。ダルタニャン。」
「でもマザランのお使いはいいのか?」アラミスは心配そうに聞く。
「ああ。理由はあの男さ」
ダルタニャンはモードントが出て行った後をあごでしゃくった。
「あの男はパトリックを殺したんだ」
「パトリックを!」アトスとアラミスが叫んだ。
「死に際パトリックは、僕にこう言った。ミレディーの仇、とな」
「ミレディーの仇!」アトスと、ポルトスとアラミスが同時に叫んだ。
「それで、奴の目的は、僕たちなのか」
「わからない。どのみち言えるのは、このまま四人でクロムウェル軍の陣中にいても、奴の思うつぼだ」
「どうやって四人で脱出できるだろうか?」アトスは首をひねる。
「まかしてくれ!」ダルタニャンは得意げに叫んだ。
四人はうなずいた。

連綿と連なる天幕の横に、厩舎があった。ダルタニャンは藁を食べている作戦用の馬や、あるいは運搬用の馬たちの間をすり抜けていった。そして、ポケットから小さな袋を取り出し、食用の藁にふりかけた。
「ちょっと君たちごめんね。」
小さな粉のかかった藁を、馬たちのまぐさ桶のなかに入れ返していく。
ダルタニャンは全ての粉をふりかけおわると、得意げに袋をポケットにしまい、厩舎の扉という扉を開け放した。
その粉は、胡椒だった。

異変が起こったのはそれからすぐ後だった。
次から次へと軍馬がいなないて、狂ったように走り出した。
十数匹の馬が一斉に付近に貼られた天幕に激突し、大砲をひっくり返していた。
「何がおこったんだ?」宿営地は混乱に包まれた。
「馬が暴走している!危ないぞ!」
「今だ!」アトスとアラミスとポルトスは、一斉に隠れていた天幕から飛び出し、胡椒を藁にいれられてない比較的おとなしい馬に飛び乗った。ダルタニャンは最後にそれに続く。
そのとき、ちょうど命令書を携えモードントが戻ってきた。
モードントの緑の目が見ひらかれた。
「何やっているんだ!捕虜が逃げたぞ!」
懐から拳銃を取り出して、四人の後姿を狙って打ち放した。
銃弾は巧みにすり抜けた味方の天幕に当たって、さらに混乱に拍車をかけた。
「くそ!」モードントは歯ぎしりをした。

「もう大丈夫だ!」
暗いスコットランドの田舎道を走り抜けながら、ダルタニャンは言った。
「あっはっはっはっは!モードントの奴、慌てふためいていたぜ」
ポルトスが陽気に言った。
「こんなに痛快に笑ったのは何年振りだろう」
アラミスも笑いながら言った。
「だが、まだ油断してはならない。国王はロンドンに護送されている。追わなくては…」アトスは制する。
「まず、その前に腹ごしらえだ。四人揃ったのはいいが、飯のまずい国に来たのが返す返す残念だ」ポルトスは言う。
「そのくらいの方が目方が減らせるだろう。」アラミスは冷静に突っ込んだ。

ダルハムの街についたとき、既に翌日の夕暮れだった。
路地の隙間から、一件の民家の前にいかめしい護送車が止まっていた。
「あれが、護送車か。いくぞ」
四人は足音をたてないように、民家の扉の前まで来ると、窓から中の様子を見た。。
家の中では兵士たちが八人ほど酒を飲みながらカード遊びの真っ最中だった。
その隅に、チャールズが最後まで供をした侍従とともに縛られながらも押し込まれていた。
「奴らずいぶんと脇が甘いな」ダルタニャンは小声で言った。
急に扉が開くと、護衛の兵士たちはいっせいに振り返った。
「ハロー。ハウナイストゥーミーチュー!」ダルタニャンは酒瓶を片手に怪しげな英語をまくし立てながら、千鳥足で近づいて行った。
「賭け事大好きデース!一緒にやる仲間探していマース!」
酒瓶をテーブルの上にどさっと置いた。
「おう、これは上等のブランデーじゃないか!」
テーブルを囲んでいた仲間の目が一斉にきらめいた。
「ディスイズマイフレンズ!アイキャントスピークイングリッシュ!でも、賭け事は万国共通デース。オーケー?」
ダルタニャンは他の三人を紹介した。
アラミスは部屋の片隅のチャールズに目配せした。途端にチャールズの顔に希望が浮かんだ。
「レッツドリンク!」ポルトスが、並々と持ってきたブランデーを周りの兵士たちについでいった。
「グッド?」ダルタニャンが聞くと、
「ヴェリーグー!」イギリス人たちが揃って答えた。
アトスは黙ったまま、カードを配り、勝負が始まった。イギリス人たちは、ブランデーの瓶を次々にのみほし、殆ど空けてしまった。

勝負は三回目まで回った。
「そろそろだな。」アトスはフランス語でつぶやいた。
カードを持った兵士たちの瞼が重くなり、ひとり、ふたりこっくりと頭を上下させながら居眠りを始めた。。
ブランデーには眠り薬は仕込まれていたのだ。
四人は、起こさないように静かに椅子を引いた。

そのとき、目の前のドアが突然開いた。
「チャールズに告ぐ。裁判の日取りが決まった。ロンドンに至急護送される」
二十名程の部下を率いて飛び込んできたのはモードントだった。モードントは目の前に繰り広げられている状況を一目で見て察した。
「お前たちか!撃て!」
短銃を取り上げる、わずかな隙にポルトスがテーブルをひっくり返して投げつける。
「退避だ!」ダルタニャンは叫び、四人は裏口へと走った。しんがりのアトスが、手りゅう弾を投げつけると、辺りは煙に包まれた。
「何をしている、追え!」モードントは叫んだ。

国王の護送車とその護衛のモードントが全色力で、ロンドン方面に南下していくのを
四人は道はずれの教会の陰から確認していた。
「あと、少しだったのに…」アラミスが悔しそうに行った。
「僕らもロンドンに急ごう」とダルタニャン。
「奴らは裁判を急ぐ気だ」アトスは心配そうに言う。
「思ったんだが…ロンドンでは偽名を使い、服装を変えた方がいいや」ダルタニャンは言った。
「そうだな。これではどう見てもフランス貴族だ」アトスがうなずく。
「フランドル前線で一緒だった知り合いが隠居してやっている宿屋があるんだ。そこで着物を用意してもらおう」ダルタニャンが言った。
「ロンドンだったら旨いものが食えるだろうしな」ポルトスもうなずいた。

四人が揃ったのもつかの間、イギリス国王チャールズ一世は刻一刻と破滅に向かっていくようだった。
四人は、不安を胸に、ロンドンへの道を夜通し走らせていた。



第15話 終わり

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