十年後!

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  第9話 新王宮前広場  


かつてのリシュリュー宰相の居城、そして現在はマザランの執務室のある新王宮の前の広場は、道行く行商人たちや、請願を求める旅人たちでごったがえしていた。植えられた菩提樹の木陰に様々な目的で会う人々が足を止める。
ダルタニャンとポルトスは、広場の中央に二人のマントの男が一足先にたどり着いて待っているのを見つけた。
「ダルタニャン、ポルトス・・・!」アトスが手を振る。
四人は広場の中央に集まった。
しばらくのあいだ、ぎこちない沈黙が流れる。
「さて…。何年ぶりだろうか。久々に会った僕たちだが…」アトスは最初に口火を切る。
「敵味方になってしまったわけだ」ダルタニャンが続ける。
「つまり、それをどうするかというのが、今回の会合の目的だ」アラミスがひきとる。
ポルトスの代わりに、ダルタニャンが再び口を開いた。
「ならば、まず僕たちから言わせてくれ。部下のサンドラスから聞いたが、ブリュッセルの逃亡を助けた二人の覆面の男というのは君たちだろう。君達は国王の銃士としてルイ13世陛下にお仕えしてきた。その同じ君達が、フロンド派となっている理由がわからない」
「それはフランス貴族としての誇りのためだ」
長い沈黙の後、アトスが言葉少なに言った。
「間違えないでくれ。僕たちが異議を申したてるのはイタリア人のマザランただひとりだ」アトスがその後を続ける。
「国王陛下だけでなく、不幸な境遇の王族をおまもりするのも我々の勤めだからだ」続けてアラミスは言った。
「だが、わかってくれよ。僕たちにはボーフォール公を取り返すという任務があった。新生銃士隊の名誉のために」
「待てよ。ダルタニャン。覚えていないのか。トレヴィル隊長をパリから追放したのは、他でもない、あのマザランだ。そのマザランに君たちは再び雇われている。それをどう思うんだ?」アトスは落ち着きはらって言った。
「アトス。正直に言うが、そんなことは僕にとってどうでもいいことだ。上官が突撃といえば僕たちは突撃する。軍人としての腕を磨き、手柄をたてる機会があるのなら、そのチャンスにかける。トレヴィルは父親のような人で、銃士としての僕を育ててくれたけれど、ただ、僕だって一生トレヴィル隊長のためだけに生きていくつもりはないんだ。今、パリは危機にあって、マザランは僕の手腕をかってくれた。ならば期待に応えるように努力する。それは当然じゃないか」
「わかったよ。ダルタニャン…」ダルタニャンの素直な熱弁に押されて、アトスは押し黙った。
「そんなに問い詰めないでくれよ。僕だってダルタニャンの誘いを受けて、正直なところ、また冒険の日々が始まるんだと思ってわくわくしたんだ。僕らは昔銃士だったじゃないか。危険なことをやっているときは、ほら、胸が高鳴る。仕方がないじゃないか。こうして出会ったのも何かの運命だ」
「トレヴィル殿がいなくなってから、僕らはそれぞれの別々の道のりを歩んできたんだ。それは否定できない」アラミスは穏やかに言った。
「トレヴィル隊長の無念を思えば……」ポルトスが言うと、一同しゅんとうなだれた。

アトスは剣を抜いて、空高く掲げた。
「十年前僕たちはパリで友達の誓いをした。いいな。たとえ、今、それぞれの立場や生き方が違っても、この誓いは変わることはない」
残りの三人も剣を抜いて高く掲げた。
「ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために」
四つの剣が空中で交わり、太陽の光を浴びてきらめいた。
「もし、再び、お互いに剣を交えることになったら…?」
「そのときは”新王宮前広場”と言い合い、左手に剣を持ちかえ、右手で手を握り合うようにしよう」
「戦場では友の抱擁を交わそう」
再び四人の友に笑顔が戻りつつあった。
「そうだ。このついでにうまいものも食わないか。ジャンブルーの店がいいな」ポルトスが晴れやかに言った。
「相変わらず食べることしか考えられないのか」アラミスは冷静に突っ込んだ。

パリ右岸、クール・ド・ラ・レーヌの散歩道では、セーヌ川の眺望を背景に、三々五々道行く人々が散策を楽しんでいた。
ダルタニャンはコンスタンスと夕陽を背景に並んで歩いていた。
「まあ、それで三銃士がパリに来ていたの?」
「そうなんだ。でもアトスとアラミスは敵味方同士になってしまったんだ。昨日の朝も、ブルッセルの逃亡を助けた二人の貴族を逮捕するようにマザランから命令された」
「その二人の貴族というのは?」
「アトスとアラミスさ」
「まあ」
「それで、その日に新王宮前広場でその二人と会ってきた」
「会って何をしたの」
「友の誓いさ。そのあと、飯を食いに行った」
「マザランには何て?」
「二人の行方を知っている二人の貴族に事情を聴きに行ったと報告したよ」
コンスタンスはくすくすと笑いだした。
「笑いごとじゃないよ。これから困っちゃうよ」
「ねえ。コンスタンス」ダルタニャンは改めてコンスタンスに向き直った。
「トレヴィル殿の館の整頓が終わったんだ。もう部屋は使えるから、いつもでこっちに来てもいいよ。あの、その、ボナシューさんには僕からちゃんと挨拶に行くからさ」
「お父さん、もう足腰が弱っていて、ひとりで生活するのが大変なの」
「それだったら、一緒にうちに来ればいいじゃないか。昔ボナシューさんの家にごやっかいになったんだ。こんどは僕がお役に立つ番だよ」
「ありがとう。ダルタニャン」
「何部屋もある大きな館だ。人も雇えるし、そうだ。君も貴婦人みたいな生活ができるよ」
「そんなのはいいの、だって。ダルタニャン…。私仕立て屋の娘よ」
「誰の娘だろうと、コンスタンスはコンスタンスじゃないか」
「貴婦人だなんて、まるで私じゃないみたいだし。今まで通り王妃様にもお仕えしたいのよ」
「どうして?大きくなるっていいことじゃないか」
「ねえ…ダルタニャン。私、何だか最近、あなたが遠くに行ってしまったような気がしてならないの」
「コンスタンス。僕はパリに戻ってきたじゃないか。こんなに近く、君のそばにずっといるのに、どうして不安に思うことなんてあるんだ」ダルタニャンは立ち止まってコンスタンスの手をとった。
河岸のノートルダム寺院から夕方の鐘の音が聞こえてくる。
「それじゃあ、また詰所に戻るよ」
ダルタニャンは、コンスタンスと別れて駆け出しながら、今まで当たり前だと思っていたものが噛みあわなくなっている予感がちらと胸を刺した。

マレ地区。シュヴルーズ公爵夫人の屋敷では。
「ラウル、ラウルはどこにいるのです?」ラ・フェール伯爵は階下から呼びかけた。
「ラウルは数学の授業がつい今しがた終わりました」
公爵夫人は大理石の階段から降りながら答えた。
「今はデルブレーのところにいますわ」
アトスは公爵夫人の広間の片隅にアラミスと一緒に座っているラウルを見つけた。

「いいかい。ラウル。カエサル率いるローマ軍は、12個師団でアレシアの町を包囲した」
アラミスは、チェスの黒い駒を集めて、白い駒の周囲を取り囲んだ。
「迎え撃つ、英雄アステリックス率いるガリア連合軍はその数8万。北西方面に、包囲網の弱点があるのを見抜き、奇襲作戦でそこを突破しようとした。こんなふうに」
並べた黒い駒の間に、白い駒を滑り込ませた。
「伯爵様はカエサルは英雄だと言っていました」
ラウルが言う。
「ところが、ラウル。僕たちの先祖はガリア人諸部族さ。アステリックスこそ僕らの英雄なんだ。ガリアを平定したカエサルは侵略者というんだ」
アラミスは平然と答える。
「何を教えているんだ」
アトスは二人の間に入っていった。
「ガリア戦記のおさらい」
「ラウル。デルブレー殿のお邪魔ではないか」
「いいや、僕の方こそ。シュヴルーズ公爵夫人の館に居候になっているからね。ラウルの家庭教師をかって出たんだ」
アラミスは答える。

そのとき、玄関から慌てて人が入ってくる物音がした。
「シュヴルーズ公爵夫人にお目にかかりたいのですが」
その人物は、アトスとアラミスを見てあっと小さな声をあげた。
「これは、アトス殿。アラミス殿」
アトスとアラミスもその人物を見るなり、声をあげる。
「パトリック殿!」
かつてのバッキンガム公爵の召使いであり、かつてミレディー処刑の命令書をフランス持ってきたパトリック卿が玄関に立っていた。



第9話 終わり
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