十年後!

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  第8話 月夜の決戦  


「大変です!ダルタニャン殿」
朝から早く、廊下を走ってくる護衛隊長マンシーニの声がした。
「ボーフォール公がバスティーユ監獄から逃げました」
「何だって!」
執務室には、ポルトスとサンドラスもいた。
「最後にタンプル大通りを走って、サン・ルイ門から出ていくのを目撃されています」
「仲間がいたのか?」
「おそらく、何人かの協力者による計画的なものでしょう」
「そうだ」サンドラスがつぶやいた。
「ブルッセルにも協力者がいた。覆面の男だ。たった二人で十六人を相手にして逃げた」
「レス大司教補が、ヴァンセンヌのシュヴルーズ公爵夫人の別宅を訪れたという情報が入っています」マンシーニが続けた。
「パリから消えたブルッセルといい、その辺りがどうもくさいな」
ダルタニャンはつぶやいた。
「ポルトス、ヴァンセンヌに行くぞ」ダルタニャンはポルトスに声をかけた。

サン・タントワーヌ門を抜け、ダルタニャンとポルトスはヴァンセンヌの森に近づいてきた。
もう、既に夜になりかけていた。
門の近くに来ると、門番に声をかけた。
「昨日、夕刻ここに貴族らしい騎馬武者が通らなかったか?」
「へえ、貴族といってもいろいろな人が通るんで……」門番は、首をひねりながら、言った。
「そういえば、確かに夕方に、四人の騎馬の貴族が全速力で馬をかっ飛ばしていきましたわ」
「あっちの方角に、ヴァンドモール街道」門番は指をさした。
「それだ!」
ダルタニャンとポルトスはヴァンドモール街道に向かった。

さて、同じくヴァンドモール街道沿いの、シュヴルーズ公爵夫人の別邸では、バルコニーには赤々と松明が燃えていた。マントの襟をたてながら、アトスがバルコニーで見張りをしていた。
空は雲が厚く垂れこめていた。
「今日は冷える。ほら。暖炉で温めといたシュリー酒だ」
アラミスがバルコニーに現れ、シュリ―酒の瓶を投げて渡した。
「ありがとう」アトスは栓を抜いて瓶ごとゆっくり口に運んだ。
「おや。昔は浴びるように飲んでいたのに」アラミスは、不思議そうに言った。
「この頃は酒はたしなむ程度になった。人は十年もたてば変わるものだ。君もどうかい」アトスはアラミスにも瓶をすすめた。
「いいや。僕はこっちのほうがいい」
アラミスは持ってきた林檎をマントの内側で器用にふくと一口かじった。
「また、どうしてパリに出てくる気になったのか?」アラミスの問いにアトスは答えなかった。
「まあ、そうしたくなるときもあるさ」
アトスはつぶやいて虚空を見つめた。ふと、その先に白い伝書鳩が飛んできた。
「門番からの知らせだ!」
アラミスの腕にとまった鳩の足にくくりつけてある紙を、アトスは広げた。
「銃士隊の制服を着た二人の騎馬武者が門を通過」
「ついに追手が来たか…」
「僕たち二人で彼らをひきつけよう」
「よし!」二人はバルコニーから飛び降りた。

ヴァンドモール街道を疾走中のダルタニャンとポルトスは、いくら行っても何の手がかりになるものが現れないのにしびれをきらしていた。
「おかしいな。こんなに遠くに行くはずがない」
ふと、そのとき、丘の上の風車小屋の下から、馬に乗った二人の人影が近づいてきた。
「ダルタニャン、誰か来るぞ。」ポルトスが叫んだ。
「ポルトス、伏せろ!」ダルタニャンは馬の上に身をかがめた。
二人の人影のうちひとりから銃が発射された。しかしながら、衝撃はなく目の前が煙で覆われただけであった。
「実弾ではなくて煙幕だ。僕たちを撒こうとしている」
二人のマントの男は、急に向きを変えると、ヴァンドモール街道を駆けだした。
ダルタニャンとポルトスは馬に拍車を入れてその影を追いかける。
「もっとスピードを出せ。」
ポルトスの馬の息遣いがとたんに荒くなった。ついに、数分かけて相手の帽子の羽飾りまで判別できるところまで近づいた。
二人の騎士は、足元まで届く長いマントをまとっていたが、それが風に揺れて黒いシルエットとなってはためいていた。
「サンドラスの言っていた、覆面のマントの剣士じゃないか」
「二人で十六人を相手にしたという奴らのことか」
ダルタニャンは持っていた短銃に弾を込めて、馬を狙った。しかし前を行く馬の騎手は巧みな手綱さばきで、それをひらりとかわした。
「馬から降りろ!」ダルタニャンは叫んだ。
しばらくしてから、至近距離に近づいたところで馬が急に止まり。相手の二人の人影は馬から降りた。
「勝負だ!」ダルタニャンとポルトスも馬から降りた。
二人のマントの剣士の足音が近づいてくる。
金属の鋭い音が響き、剣を抜く音が聞こえた。ダルタニャンもつられて剣を抜く。
辺りは民家もなく真っ暗な草原の上を、互いの影と足音だけを頼りに斬りあいが始まった。
ダルタニャンは、ひとりの男の腰部分をめがけて一突きした、それは軽くかわされ、相手の一撃が頬近くをかすめた。
「うっ」
ポルトスも相手の男の剣を受け、火花が飛び散った。
「くそっ!」

そのとき、厚い雲の切れ目から満月が顔を出した。
月光の光が、剣を交える四人をあかあかと照らし出した。
「ダルタニャンじゃないか!」
「アトス!」
「ポルトス!」
「アラミス、剣をしまうんだ。」
アトスが短く言って、自らの剣を足下に放った。
ダルタニャンも持っていた短銃を放り投げ、剣をしまった。ポルトスも剣をしまった。
「ダルタニャン。追手は君だったのか!」アトスは当惑の色を隠しきれなかった。
「覆面のマントの剣士は、君たちだったのか!」ダルタニャンも叫んだ。
一瞬気まずい沈黙が流れた。
「ちょと待てよ。どうしてここで君たちと戦わなければならないんだ?」ポルトスはけげんな顔をしながら尋ねる。
「そうだよ。君たちは一体なにやってるんだ?」と、ダルタニャン。
「そうだ。僕たちも知りたい。ダルタニャンとポルトスがどうしてマザランの手先になっている?」アラミスが質問を返した。

「僕らは任務でボーフォール公を追っている。公爵はどこに隠れている?」ダルタニャンは鋭く詰問した。
「それには答えられない」アトスは毅然と言い放った。
「マザラン猊下の命令だ」ポルトスは再び剣に手をかけた。
「ならば、僕たちが体を張って止めるまでだ」アラミスが前に出た。
「待て。アラミス。ここで言い争ってもしかたがない」アトスがそれを押しとどめる。
「場所を変えて話しあった方がいい」アトスが続ける。
「話し合うって何を?」
「僕らの今後を」
「場所は、どこにする?」
「パリがいい」
「ならば、新王宮前広場に明日3時、いいな」
アトスがとりまとめると、四人の旧友は釈然としない顔のままでうなずいた。

「で、どうする?」ヴァンドモール街道からの帰り道、ダルタニャンはポルトスに尋ねた。
「どうするって?明日新王宮前に行くさ」ポルトスは平然と言った。
「だが、決闘になったら?」
「ダルタニャン、君らしくないな。アトスが剣を捨て話し合おうと言ったんだ。友の誓いを忘れたか」
「疑って悪かったよ。だが、ポルトス。ここで手柄を立てられなかったら、僕らの銃士隊はどうなる?」
ダルタニャンはまだ居心地悪く、唇をかみしめていた。



第8話 終わり

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