十年後!

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  第7話 脱獄決行  


ヴァンセンヌの森近くのシュヴルーズ公爵夫人の別邸では、大広間に燭台がともされ、テーブルに銀器が並べられ、来客の準備がなされていた。
「このたびはとんだ目にあいましたな。ブルッセル殿」
一番乗りであらわれた詩人のスカロンが、法服の高等法官に声をかけた。小柄なスカロンは痛風病みの脚を引きずりながら歩いていた。
「いやいや全く。法を無視するなどとはマザランはとんだ思い上がりだ」ブルッセルは言葉に力を込めた。
「寒い夏が続き作物は不作だ。パリ城内には貧困人であふれかえっているのに、またぶどう酒に税金をかけた」スカロンは続ける。
「徴税請負人たちが国庫に金を収める前に、自分たちの懐に入れてしまう。王室はそんな徴税請負人たちを手なづけ権力基盤にしている」
「さよう。そこで高等法院は、王室から直接の徴税権を取りあげようとした」ブルッセルは言った。
「その結果が、これです」部屋の中にラ・フェール伯爵、もといアトスが入ってきた。
「マザランは自分に反対する者を武力で抑え付けようとしている」アラミスも続けて入ってきた。
襟元がつまった長い膝まである飾りけのない紺の上着を着ていて、長いこと陽にあたってこなかった皮膚は青白く、どこか浮世離れしてみえた。
「だいたい、ブザンソンの戦い以後、負け続きなのにまだ戦争を続ける気でいる。フランドルやネーデルランドでハプスブルグ家との戦争に手いっぱいなのに、新大陸にも艦隊を送り込んだ。戦費の負担は増える一方。そもそもイタリア人に軍事を委ねてはならないのだ」
最後にあらわれたレス大司教補が言った。聖職者なのに軍服をまとい、弁舌には力があった。
「おかげで、領内の兵砧や労働力を徴収され、農村はやせ細る一方だ。とりわけロレーヌ地方の惨状は目に余るものがある」
「皆さんよくぞお集まりくださいました」シュヴルーズ公爵夫人はその場をとりまとめた。
「聞きましたか。マザランは国王直属の銃士隊を再結成いたしました。銃士隊長はダルタニャン」
「ダルタニャン!」懐かしい旧友の名を聞き、アトスは叫んだ。
「ダルタニャンだって…!」アラミスも叫ぶ。
「しかし、相変わらず枢機卿の子飼いの護衛隊長マンシーニを重用している。つまり、これは単なる人気稼ぎにすぎない」レス大司教補は付け加える。
「今回のことでわかっただろう。マザランは飾りの盾を前面に押し出し、ついに我々に牙をむいたのだ」スカロンが言う。
「ならば、我々も次の手を!」
「皆の者。明日バスチーユのボーフォール公を脱獄させる。既に準備は整っている」
スカロンが一同の沈黙を破った。
「明日!」
「この飾り紐が、我々フロンド派の目印だ」
スカロンは袋からたくさんの飾紐を取り出し、テーブルの上にばらまいた。その場にいためいめいがその飾紐をとり、帽子や外套の一部にとりつけていた。
「ところで、ラ・フェール伯爵とデルブレ―卿、いや、昔の名はアトスとアラミスでしたっけな」スカロンが小声で近づいてきた。
「明日夕方の4時、サン・ルイ門だ。南東の方角に狼煙をあげる。それが合図だ」
「了解です」アトスとアラミスは同じく小声で応じた。

翌朝、10時の鐘が鳴り響いた。ベーズモーはあくびをしながら、今日の日課の仕事の段取りについて思いを巡らしていた。
「こんにちは。ベーズモーさん!」
ふと、目をあげると見慣れた菓子職人の若造があらわれた。変装したジャンである。
「やあ。ひさしぶり」
「へへっ。今日は何の日か知ってる?」
「何の日って?」
「ボーフォール公のお誕生日だよ」
「ああ。それか」
「だから、ノワールモン親父の店から特大プレゼント。ジャーン!」
ジャンは、持ってきた木のワゴンから、特大のパイを取り出した。
そのあまりの大きさにベーズモーは目を丸くした。
「もちろん、ベーズモーさんの分もあるよ。これも親方からのプレゼントだよ!」
ジャンは、同じく特大サイズのパイをもうひとつ運んできた。
「うほほーい!」ベーズモーは満面の笑みを浮かべた。
「いつもお世話になっているからさ。じゃ。楽しんでね。ベーズモーさん。ボーフォール公にもよろしく、ジャーン!」
ジャンはいつもの決め台詞を残して立ち去ると、ベーズモーは、さっそく今日の日課のことなど頭から消え去り、この特大パイをどこから食べようかと考えを巡らした。

午後3時の鐘が鳴り響いた。ロシュフォール伯爵は、午後の看守の巡回が去ったのを確かめると、隣の独房を隔てる壁の石のひとつが、鈍い音をたてて外れるのを耳にした。
「ロシュフォール伯爵!」隣の部屋から声がした。
「ボーフォール公。何か知らせはありましたか?」
返事の代わりに、石が外れたその穴から、猿轡と短刀が突き出された。
「今日届けられたパイの中にこんなものが入っていた」
「いよいよですか」
「いよいよ計画実行だ」
伯爵は、猿ぐつわと短刀を受け取ると壁の石を元に戻した。そして、やおら、着ていた衣服を引きちぎり、大声をあげて暴れ始めた。
「出してくれー!!もう、うんざりだー!!こんな暮らし。ここから出すんだー!うおー!!気が狂いそうだーぁぁぁー!!」
独房の椅子を窓に向かって投げ、ベッドを蹴散らした。
騒ぎを聞きつけて看守がひとり駆けつけてきた。
「おい、昨日から隣の囚人がうるさくて夜も眠れぬ。何とかならんか」
ボーフォール公は看守を呼び止めた。
「しかし…公爵。」
「あの声を聴くとこっちまでおかしくなりそうだ。別の部屋に移してくれ」
看守は仕方がなさそうに、ロシュフォール伯爵の独房の鍵を開けた。
とたん、伯爵は急に暴れるのをやめ、看守に向けて短刀を突きつけた。
「観念しろ!」
みるみるうちに看守は猿ぐつわをかまされて、しばりあげられた。伯爵は、看守のポケットから独房の鍵の束をさぐった。そこには隣の公爵の独房の鍵が入っていることを、長年の巡回を見ているうちにロシュフォール伯爵はわかっていた。

「大変です。ベーズモー殿。西の塔の囚人がひとり暴れています!」
ベーズモーの部屋に看守が顔を出した。
「何?」勤務中にパイを食べていたベーズモーは慌ててテーブルの上を隠した。
「ロシュフォール伯爵です。他の囚人から苦情が出ておりますので、別の場所に移します」
看守は、縄でぐるぐる縛られ猿ぐつわをかませた、ロシュフォールをベーズモーの前に連れてきた。
服がびりびりにやぶている様子はただごとではない様子を示していた。
「よろしい。タンプル要塞はどうか。あそこなら病院が隣にある」
看守の横で、縛られたローシュフォールはなおもあきらめられないらしく暴れていた。
「これ、おとなしくしろ!」看守は乱暴にロシュフォールをこずいた。
「早速連れて行きます」
看守とローシュフォール伯爵が部屋を後にしたあと、ベーズモーはまた、満足そうにパイに向き直った。
ふたりが、跳ね橋を降ろされた監獄の前の階段を下りていくと、ふと、物陰から馬を二頭連れた菓子職人があらわれた。
ジャンであった。
「大丈夫でしたか?ボーフォール公爵」
ジャンが声をかけると、看守は、服の喉元をゆるめ帽子をとった。それは看守の服装をしたボーフォール公その人であった。
「私は平気だ。名演技ご苦労であった。ロシュフォール伯爵」
公爵は隣のロシュフォール伯爵の縄を解いた。
「この馬に乗ってください。サン・ルイ門には護衛が待っています」
ジャンは持っていた二頭の馬の手綱を渡した。
トゥルネイユ通りを北に、走っていく二人の騎馬の後姿を確認すると、ジャンは、火打石に火をつけ、丸い爆薬に点火した。
そして、それを小さな投石器で、空高く放り投げた。爆薬は赤い煙を出しながら、天高く吸い込まれていった。

サン・ルイ門 午後4時。
近くの教会の鐘が鳴り響くのが聞こえる。
「まだか」
そのとき、南東の方角を仰ぎ見ていたアラミスが声をあげた。
「あ、アトス!見えた。赤い狼煙だ」
「作戦は成功したらしい」
二人は馬に乗り込み、城門の中を見張った。
ふと、そのとき、荒々しい蹄の音がし、二頭の馬が近づいてきた。
ボーフォール公爵とロシュフォール伯爵であった。
「ボーフォール公爵!ご無事でしたか。ここからは我々が護衛します」
アトスが公爵に声をかけた。
「お、お前たちは三銃士のアトスとアラミスではないか!」隣のロシュフォールが叫んだ。
「今までどこで何やってたんだ!?」
「その話はあとにしよう。ロシュフォール」アラミスが手短に言いながら馬に拍車を入れた。
こうして四人の騎馬武者がサン・ルイ門からタンプル街道をかけていったのだ。



第7話 終わり



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