メッセージ

さて、大変長らく放置してしてごめんなさい。 こんな突然途切れるサイトでも、アクセスしてくださる方がいるなんて、ありがたくく恐縮の限りです。
「将軍と二つのカゲ!!」は「十年後!」の二十年後、原作第6巻の未だに映像化されていない(であろう) ダル物中最も地味なエピソードをアニメの設定を基に換骨奪胎したものです。

昨年は真田丸の記憶を上書きするかのような、 マスケティアーズの怒涛のクライマックスに、日曜夜は、なんかもう 揺さぶられた夏の数か月でした。ここまでミレディーが味方に転じる三銃士ってのも 新鮮でしたね。英国ドラマらしく英国人に悪人はいませんでした(笑)
マスケティアーズのダルタニャンは、30年後にガブリエル・バーンに(若干背が縮んで)なるのは、想像できるのですが、 アニメのダルタニャンは、もう少し陽性で単純だからちょっと違うかも。アラ還の姿が正直想像もつかないです。

さて、毎年のこのメッセージコーナーは、ほぼ毎年大河ドラマの感想を呟く場になっています。 私はいつも男大河の年しか大河ドラマは観ないのですが、ごく例外に今年の大河ドラマ直虎は、不思議な中毒性があり見続けています もしかしたら、このサイトをご覧になっている方にもきっと傾向が似ているのでお好きな方は多いのではないでしょうか。。。。。 昭和の少女漫画のエッセンスを凝縮したような歴史の浪漫と叙情性、人間の理不尽さや切なさが割とシビアに描かれて、アラフォー歴女の胸の琴線を妙に揺さぶるのです。 そういえば、私が唯一コンプリートした朝ドラ「ごちそうさん」と同じ脚本家森下佳子女史です。
直虎の脚本の出色さというのは、もともと主人公の史実に乏しさを逆手にとって、 歴史的な結果と180度違うドラマが展開されていることです。とりわけ、井伊を乗っ取った小野政次は、下剋上の策士で奸臣というのが後世の歴史認識ですが、 この大河ドラマでは、井伊直虎と裏で手を組んで、表向きは城主と対立する家老を演じているのです。そして贖罪と秘密を共有した男女が、 ありふれた恋愛感情とか友情などに着地せず、ただ故郷の小国をサバイバルさせるために、 どちらかが破滅するまで歴史を相手に壮大な騙し合いを仕掛けていくという物語なのです。つまり彼女が城主であった期間、 男と女かもわからない「井伊直虎」は、彼女と彼の共同作業であったと、そういう解釈を打ち出したのです。(要はそうでしょ?)。
……というのが18話で到達した地点なのですが、これだけ魅力的なストーリーラインと問題提起をしておきながら、 見続けているといろいろ思うことがありまして、この場に色々と書かせていただきます。
ところで、史実では小野政次は、徳川家康と直虎によって井伊直親諫言の罪で処刑されています。大河ドラマでは、小野政次は井伊直虎の 幼馴染で同志なので、ちょっと色々盛り込みすぎた感もあり、処刑に至るまでの流れをどう作るのか?問題です。私は最初は、去年の真田兄弟の犬伏のように 共倒れを防ぐために今川方と徳川方に分かれた結果、敗者を 切り捨てる方向だと思っていました。ところが29話まで進んだ現在も一枚岩のまま、というか 一蓮托生感を強めており、広げた風呂敷をどう畳んでいくのでしょうか……(畳みますよね?)
もうひとつは、少女漫画的な自由恋愛と戦国時代の結婚観を同次元で共存させてしまったために、 物語の構造上不整合さを抱えてしまったことで、これはこれからクライマックスに向けて若干の波乱を呼びそうです。 改めて思えば、三谷幸喜やA・デュマというのは、読み手が読みたいものを提供する大衆娯楽作家であり、悲劇であれ喜劇であれ後味の良い結末を 用意するのですが、この森下脚本は、ある部分後味の良くなさを残すのです。それはひとつの作家性なのですが、 日曜夜8時の大河枠に要請される公共性とどう折り合いをつけるかどうかも。これも、これから徐々にここで述べてみましょう。
ただ、実際に放映されたときの、映像美と音楽の壮大さにおいては、いつも想像したものを軽く超えて来るクオリティーの 高さですので、制作陣が作るものは、文字以外のかなりのディテールを視覚的に埋めてくる信頼感があります。 大河ドラマにこんなに神経を削られるとは思いもよりませんでしたが、この夏は救いようのない悲劇の末路を見届けたいと思います。



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2017年7月26日

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photo by flickr nedoja mladojenovic

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